Sunday, September 9, 2012

ミコノス島のホテル




別に五つ星とかそういうのでなくていいから、今回のギリシャ旅行では評判のホテルというものに宿泊してみたかった。だってエーゲ海の島でそれほどやることが多そうには思えなかったんだもの。ホテルにいる時間が長くなってしまうに決まっているもの。特にミコノス島は憧れの島だったから、なおさらその気持ちが強かった。

念入りに下調べをしようと思っていたのだが、これだと思うホテルを見つけるのにそう時間はかからなかった。とある口コミサイトで首位を獲得しているそのホテルを知るなり、すぐに私は予約のメールを入れた。ハイ・シーズンだし、これだけ人気のある宿なのだから取れないだろうと半ば諦め気味に予約をしてみたのだが、帰ってきた返事は明るいものだった。

フロントで私を迎えてくれたのは、ここのオーナーだという、痩せたらけっこう美人になりそうな中年女性で、人生を楽しむこつを知っている者特有の自信に満ちた笑顔をしていた。あまり英語のわからない私が聞いても、彼女の英語はきれいだった。『マンマミーア』のメリル・ストリープのようにギリシャ人ではなく、こつこつとお金を貯めて大好きな土地でホテルを開業した人なのだろうか。「ラブリー」という言葉がよく出てくるところを見るとイギリス人なのかもしれない。いずれにしても、彼女はとても表情の豊かな人だった。「今は人の多い時期だから、出かける時はしっかり鍵をかけて、必ず窓は閉めていって。必ず!」と言う時の表情は、舞台役者もびっくりするくらい真に迫っていた。

オーナーも噂通り魅力的な人だったが、ホテルそのものも負けていない。部屋は決して豪華ではないのだが、きわめて清潔で、ほっとするような素朴さに溢れている。ファブリック類はオフホワイトでまとめられているのだが、所々に私の大好きなティファニー・ブルーがアクセントをきかせている。ホテルならではの仰々しさはみじんも感じられない。いい意味で生活感のある、真似できそうなインテリアなのだ。オーナーの趣味の良さが伝わってくる。ほどよい広さで、なおかつほどよく狭いから、隅々まで彼女の目が行き届くのだろう。

朝食も申し分なかった。作っているおばさんがまた感じのいい人だった。控えめながらも素敵な人柄で、こういう親戚がいたらいいな、と思えるような方だった。私は基本的に旅先での「食」にはあまりこだわらないほうなのだが、朝食だけは別だ。たいていはただでついてくるのだから、貧乏根性丸出しで、ここぞとばかりに食べる。たぶん一日のうちで一番食べる。今回の滞在でも、毎日腹がはち切れるほど胃の中に詰め込んでいた。


それほど凝ったメニューではないのだが、だからこそ飽きがこなくてよかった。目玉焼きにスクランブルエッグ、ハムにチーズにソーセージ、いくつかのパン、パウンドケーキ、フルーツ、サラダ、ヨーグルト、数種類のシリアル。絶品だったのは蜂蜜だ。水飴のように濃厚で、さらりとした甘さ。ギリシャではどの蜂蜜も美味しかったが、中でもここのものは飛び抜けていた。

残念なことに、このホテルでとれる食事は朝食に限られている。昼と夜は自分で調べるか、最初にオーナーが渡してくれる紙にピックアップされた数件のレストランを訪れることになる。もっとも、一人旅の私に美味しい夕食を堪能できる素敵なレストランは必要ない。近所にあるベーカリーで買ったパンをベッドの上でぱくつければ十分だ。

何より感動したのはプールだ。口コミサイトの写真を見て思い描いていたよりもだいぶこぢんまりとしていたが、これ以上ないほどの雰囲気だった。プールの何が嫌かって、得体の知れない虫が何匹も(時には何十匹も)浮いていることなのだが、ここの水の中に浸かっているのは人間だけだった。デッキチェアに寝転んでエーゲ海を見下ろしていると、強い風が溜まりに溜まった日常のストレスまで吹き飛ばしてくれる。私はここに滞在している間、それほど厚くない本を二冊ほど読んだ。なんという幸せな時間!

いい面ばかりを書き並べてしまったが、これはあくまでも帰国して、しみじみと思い返しての感想であり、泊まっている時にはそれなりに欠点もあった。

たとえば、水事情に関しては今まで宿泊したどんな安宿よりも最悪だった。一泊あたり140ユーロもするのに。何が困るって、とにかく水が塩辛いのだ。石鹸やシャンプーは泡立たないし、せっかく湯船があるのに、入浴すると小さな傷に滲みる。うがいなんてしたら扁桃腺が腫れそうだし、口をゆすいでもいまいちさっぱりしない。歯磨きもうがいもいちいちミネラルウォーターでしなければならなかった。しかもこのホテル、高台にあるから眺めは最高なのだが、二リットルのミネラルウォーター三本と一緒に帰るのには不向きだ。なにしろ坂道を十分も上らなくてはならないのだ。その坂道からの眺めも笑っちゃうくらいにきれいなのだけれど、日焼けした腕にビニール袋の持ち手が食い込むうえに、腰の神経が足を踏み出すたびにちくちく痛んで、景色を楽しむどころではない。おまけに夜七時から九時までの間は、どういうわけかお湯が出ない。一番シャワーを浴びたい時間帯なのに。

バスルームではいつも「なんだよ、ちくしょう!」と思っていたのだが、今となってはそれすらいい思い出である。そこを離れてじわじわ良さが増していくなんて、まったく不思議なホテルだ。

誰かに言いたくてたまらないのに、やっぱり秘密にしておきたいので、ここで名前は明かさない。どうせ、ちょっと調べればすぐにわかってしまうだろう。世界中の人たちが私と似たようなことを言っているはずだから。

たまには口コミに踊らされてみるのも悪くない。

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