Sunday, February 27, 2011

告知!!





三月二十一日、祝日の月曜日に、クラスAさんで撮影会があります。


参加したことのある方も、ない方も、私のような変わった生き物とじっくり話せるチャンスです。面白い写真を撮れるチャンスです。


興味のある方はこちらから


皆様の参加を、心よりお待ち申しております。


写真に凝りはじめてから、撮影会がますます好きになったので、やけに来月が楽しみな私です。

どうぞよろしくお願いします。

Saturday, February 26, 2011

ヒッピーおばさんのアクセサリー






「ステラおばさんのクッキー」をもじったタイトルを付けたのだが、きっと誰にも気がついてもらえないんだろうな。

まあ、別にいいんだけれど。



渋谷のとある場所に、エスニック雑貨の店ばかりが集まった一角がある。

その中の一軒、有名ホルモン焼き屋の二階にあるアクセサリーショップは、最近行った店の中でも一番不思議な空間だった。

もはやどのくらいの広さがあるのかさえわからないほど、商品が文字通り隙間無く並べられた店内。世界中から集めてきたもののようだ。アジア、アフリカ、中東、南米。そしてここは日本。考えてみたら妙だ。レジの向こうには小さな作業場があり、そこでは六十歳くらいのおばさんがせっせとアクセサリー作りに勤しんでいる。

小柄で、化粧っ気がなく、女っぽさは一切感じないおばさん。女性運動家や、冒険家なんかにいそうなタイプだ。

現代のヒッピー達が集まるようなビーチパーティーのチラシは、彼女もまた昔はそういった若者だったことを思い起こさせる。

世代的にもちょうどそうだ。レザーや金属のクラフトができるのは、昔からの針金細工の賜物だろう。ヒッピーといえば針金細工だ。母親の友達のヒッピーもそうやって生活していたと聞いているし。

彼女を見てから私は、ものすごくヒッピーに興味がある。

そりゃあ、昔の写真や映像なんかではいくらでも見たことがあるが、本物の「元ヒッピー」を見るのは生まれて初めてだ。

さすがに「ヒッピーだったんですか?」と訊くことはできなかった。しかし、いつか訊けるくらい親しくなりたい。それにはまず常連になることだ。

とりあえず、おばさんの手作りアクセサリーを買うことにした。それが、画像の黒いフリンジつきのものである。

初めはピースマークがついていたわけではなかった。アクセサリー作りに目覚めてしまった私は」、たまたま今さっき近くの東急ハンズでアクセサリーパーツを買ってきていたのだ。うれしいことに、頼んだらおばさんはそれを「ちょいちょい」と取り付けてくれた。しかも無料で。さらに、「このパーツ、どこに売っているんですか?」とまで訊いてくれた。ちょっと嬉しかった。

お礼に私は、ここ最近で集まってしまった、二万円分ほどのアクセサリーパーツの領収書を置いていくことにした。ぜひとも経費の足しにしてほしい。なるべく利益を出して、少しでも長くお店を続けて行ってほしい。そんな風に思ったのだ。

だが、そんなことは余計なお世話だったかもしれない。

ああみえておばさんはあの雑居ビルのオーナーか何かで、たとえ店に売り上げなんてなくても楽に暮らしていけるのかもしれない。そういえば、いかにも大家さんといった顔をしていたではないか。またずれ荘の大家さんによく似ていた。

どうやってあのビルを、雑居ビルとはいえ、渋谷の中でも便利な場所にあるあんなビルを手に入れたのだろう?恵まれた環境に生まれついたのだろうか?そう考えると、ヒッピー時代の気楽な放浪生活にも安易に説明がつく。女性が一人で世界中を飛び回るのには、ある程度のお金がいるから。お嬢様というのではなく、旦那がビルを持っているのだろうか?もしや、あのビルだけではなくて周辺一帯の地主だったりして……なんてことも考えた。しかし、だとしたらわざわざあんなに煙がもくもくの、はっきり言って匂いがけっこう強烈なホルモン焼き屋のすぐ上を、自らの城にしたりするだろうか?

そう考えると、あのおばさんは大家でも地主でも何でも無く、単に家賃が安いからあそこを借りているのかもしれない、と思えてくる。もしくは、下のホルモン焼き屋をやっているのは、息子など身内なのかもしれない。腹を痛めて生んだ子が焼いたものの匂いなら、そう不快ということもあるまい。少なくとも他人が焼くよりは。

単純にホルモンの匂いが大好きで、あの場所を選んだという可能性もある。ちょうど私のようにホルモンを愛しているのかもしれない。

いずれにしても、ホルモンが嫌いならばあの場所で店を開いたりはしないはずだ。

ということは、あのおばさんはホルモンがきっと好きで、旅行が好きで世界中を旅していて、アクセサリー作りも好きということになる。

なんて私と気が合いそうなんだろう!!!

是非ともお友達になりたいものである。たかだか四十歳程度の年の差なんて、大したことではないじゃないか。







Wednesday, February 23, 2011

ゴーギャン展の高齢者たち


なぜか今まで言い忘れていたのだが、先日ロンドンで生涯忘れられない光景に遭遇したんだった。

テート・モダンに行くことは当然、旅のスケジュールに組み込まれていた。ロンドンはこれから何度も行くことになるだろう。大英博物館も、ナショナル・ギャラリーもいつでも行ける。だからまずは、とにかくテート・モダンだった。

私はどこの国に行った時でも、一番メジャーな現代美術館に行くよう心がけている。そこにあるものは勿論のこと、そこにいる人々の着ている洋服なんかを見るのがことのほか楽しみなのだ。

始まりは多分L.A.のMoCAで、その時たまたま私の前でチケットを買っていたカップルは、私の中での永遠のベスト・ドレッサーなのだ。失礼とは思いながらも、さりげなくカメラにおさめさせていただいた。その写真は今でも大事にしている。

そんなわけで、テート・モダンでも、ファッションチェックをしつつ、美術鑑賞をするのが楽しみでならなかった。

いざ入館してみると、予想通りお洒落な人達がいた。彼女達は充分に目を楽しませてくれていたし、着こなしのインスピレーションを与えてくれていた。だが、そんな人たちに交じって、なんだか年配の人たちの姿が目についた。

まあ、そういうのも悪くないな、と思った。さまざまなジャンルの人が同じものを観にきている。素敵なことだと思う。

常設展はそんな感じだった。事態が急変したのは、ゴーギャン展の会場に足を踏み入れた時だ。そこは明らかに空気が違っていた。

まず、平日とは思えない混みようだった。どこの国にいたって、並ぶのは勘弁願いたい。

それも、並んでいる人達の九割以上は、どう見ても七十歳は軽く超えていらっしゃった。

そうか、そういうことだったのか。きっと普段のテートモダンならば、入館者の多くはファッショナブルな若者なのだろう。だが、ゴーギャン展開催中の今は、たとえ常設展であっても、そういうわけにはいかないようだ。

とにかくインパクトのある光景だった。

百人を優に超すお年寄りが、狭い空間の中、一堂に会しているのだ。

彼らはとてもマイペースに楽しんでいる。借りたのか、持参したのか、簡易椅子に腰掛けたり、椅子の上で、絵を観るわけでもなく、世間話に花を咲かせたり、半世紀続く愛をささやき合ったり。

ほのぼのすると同時に、そのうちに何だか気が滅入ってきた。

全ての高齢者が、積み重ねて来た人生の豊かさを漂わせていたのなら、決してこんな気持ちにはならなかったのだろうが、中には、明らかに「負」のオーラを漂わせている人もいた。

こういう風に年を重ねたい、と思わせてくれるような人もいたが、こういう年寄りにはなりたくない、という人もいた。

それは、年齢には関係ないことのようにも思えるが、実際に圧倒される数の高齢者に囲まれてみると、うらやましい人と、そうでない人との差が、若者よりずっとはっきりしていた。

私はあまりにも場違いで、そそくさとその場を離れるしかなかった。

高齢女性特有の化粧品の匂いも、微かになら懐かしい気持ちになっていいものなのだが、あれだけむんむんとしていると、胸焼けがしそうだった。あの化粧臭は各国に共通している。いったいどこにああいう匂いのする白粉が売っているのだろうか?

その場を後にしても、私はなんだかどっと疲れてしまった。何だか自分まで年をとった気がした。もしも私がもっと若かったのなら、あの場にいてもこんな風に気が滅入ったりはしなかったのだろう。だが、私は老いがまったく見えないほど若くもないし、親となるとますますそうだ。老いはあまりにも身近にありすぎて、とても神秘的だとは思えない。

しかし、いい経験をしたと思う。なかなか味わえないもの。

皆さんも、西洋人のお年寄りを一度に大量に見たいのなら、ゴーギャン展に足を運んでみましょう。いつまで開催されているかはわかりませんが。もう終わっていたらすみません。多分終わっていると思うんだよな。

Saturday, February 19, 2011

タクシードライバー



マーク・ジェイコブスのおかげで、というか、マーク・ジェイコブスのせいで、近頃『タクシードライバー』がファッショナブルな映画として、再注目を浴びている。

今期のイメージ・ソースが、ジョディ・フォスター演じるアイリスだからだという。

そのため、近頃は至る所で彼女の写真を見かけるようになった。当然久しぶりに見てみたいと思った。もう何度も見ているけれど、飽きない類いの作品だ。やはり名作なのだろう。

実を言うと、私は『タクシードライバー』にはなかなか思い入れがある。きっとあれが、初めて観終わった後にもやもやする物語の味わい深さを与えてくれた作品だ。

最初に真剣に観たのは、15歳か16歳の頃だったと思う。当時はアイリスと年齢が近かったので、どちらかといえば彼女に肩入れをしながら見ていた。こんなにませた子がいるものか、と思いながらも。

主人公トラヴィスの性格の悪さに苛立った。少女漫画やシンデレラストーリーの主人公の性格の悪さも相当なものだと思っていたが、彼の場合はまた種類が違っていた。実際周りにもいそうなところが明らかに違っていたのだ。

初めてのデートでポルノ映画感に連れて行かれた女性に、心から同情した。売店のお姉さんを見て、「ずいぶん大変なところで働いているものだ。実際こういう所で仕事をする場合、給料なんかは普通のバイトよりもいいのだろうか?」などと考えを巡らせたものだった。まさかその数年後に自分がポルノに出演するなんて思ってもみなかった。

当時の私の目には、トラヴィスは最低の男としか映らなかった。卑屈なくせに自信過剰で、他人の悪いところばかり見ようとする。そんなやつが(ここから先、多少ネタバレありです)



散々暴れ回った挙げ句、最後には結局英雄視されて、振られた女にも手のひらを返したように優しくされるなんて、どう考えても納得がいかなかった。急に態度を変えた女にも腹が立った。

性格の悪い奴ばかりしか出てこない映画だと思った。

そしてそこがたまらなく不愉快で、それ以上に愉快だった。

すっきりはしないが、腹持ちはよかった。それからしばらく考えさせてくれた。

こういう映画の楽しみ方もあるんだ、と思った。

それから何度か観た。生きていると時々、わざわざ嫌な感じを求めることだってある。私の中では、暗くて性格の悪い人間を見て楽しみたいのなら、『タクシードライバー』か、『永沢君』かということになった。

そして、また今観てみると、以前とは違った楽しみ方ができることを発見した。

トラヴィスの言動に「わかるよ、わかる」と思わず頷いてしまうのだ。

いつの間にか私の年齢は、12歳の娼婦ではなく、彼とほぼ同じになった。

昔の自分にとっては、二十代の半ば過ぎなんて、おっさんとおばさんだった。

したがって、『タクシードライバー』も、人生に嫌気がさし、未来に希望の無い、枯れたおっさんの物語だった。

しかし今見ると彼は別におっさんではない。何者かにはなりたいが、何になりたいかはわからないという、非常に若者らしい若者だ。

彼は人生に嫌気がさしてはいるが、希望を捨てたわけでもない。だからこそ何を見てもイライラするのだろう。

こういう若者が、今現在も大勢いる。身の回りにもいる。自分自身にすらそういった面はある。

改めて観た『タクシードライバー」は思いのほか親しみやすい物語に変わっていた。

しかし、かといって、ものすごくリアリティのある物語かというと、そういうわけでもない。「お話」として必要な非現実性も充分に兼ね備えている。

だって、実際にデ・ニーロみたいなタクシードライバーなんて見たことはない。日本でもニューヨークでもお目にかかれない。

たいてい彼らはもっと年を取っているし、あんなに華もないし、ずっとずっとまともだ。セクシーな少女娼婦なんて、滅多なことでは存在しない。

だから映画として面白いのだ。

確かにいい映画だ。あんなにいい映画なのに、最近ただのお洒落映画として扱われている。衣装だけを「カラフルでかわいい」と思って、普段はラブストーリーばかりしか見ない甘ったるい女がDVDを買ったり借りたりすることを想像してみると、思わず小鼻が膨らんでしまう。

血みどろの見せ場に彼女たちはどういう反応を示すだろうか?

考えていたものと違う……、と思うのだろうか?

私も十分性格が悪いと思う。

そうそう。素朴な疑問なのだけれど、突然モヒカンにしたトラヴィスを、タクシー会社の同僚たちはどう思ったのか?

私が同僚の立場だったら、新聞に載るような行動をしたこと以上に驚くと思うのだが。





















































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































Wednesday, February 16, 2011

ついに!




 七福神巡り、無事終了しました!寄付してくださった皆さん、ツイートを見てくださった皆さん、活動を知ってくださった皆さん、本当に本当に、ありがとうございました!!!


目標達成率はなんと、159%!総額は¥12,3100!


もう、思わず駆け出したくなるくらい嬉しいです。心から感謝しております。


私はとても褒められたような人間ではないし、自慢できることだってこれといってない。自分のことなんて、はっきり言ってたいして好きでもない(この上なく大切ではありますが)。


そんな私が、今日は珍しく自分自身にそこそこ好感を持っている。


だって、遠くに居る誰かが、安全だとか安心だとか、楽しみだとか、何かしらの「+」を得られるようになる手助けをしたのだから。


確かに私は、自分勝手で協調性がないうえに、とんでもなくいかがわしい人間だが、他人のためになりたいという気持ちだって、多少なりともあるわけなのだ。


そういう気持ちは大切にしなくてはならないと。だってそれは、快感をもたらしてくれるのだから。


自分のしたことで、誰かが笑顔になっているかもしれない、どう考えてもそれは気持ちがいい。


「良い」とされていることをするのは、やっぱりいいものです。誰が何と言おうといいものです。「押し付けがましい、いやらしい」と思う人がいても別にかまわない。そのくらい自分でもわかっている。こういった行動には、正しい面ばかりでないということくらい。それに、私なんかが、100%正しいことのできる人間であるはずはない。


しかし、初めはそうでも、ボランティア活動に触れるうちに、もっと深いところがわかってくることだってあると思う。異論があるのは百も承知だが、始めないよりはまだいい、というのが個人的な意見である。


まあ、それは答えを決めることではない。そうではなくて、わかったことを話そう。多額の援助や重労働は負担になるかもしれないが、できる範囲の、それも最小限のことならリスクのない快感が手に入る。今日一日を通して、改めて実感した。


自分を犠牲にするボランティア活動は、そりゃあ素晴らしい。だが、私にはできない。そうではなく、自分が楽しめる範囲のことを習慣にしていけたら何よりだと思う。きっとそれが私に合うやり方だ。


できるなら、第二弾、第三弾と続けていきたい。今日という日が、自分でもびっくりしてしまうくらい、嬉しくて、楽しい一日だったからだ。


最後にもう一度お礼を言います。


皆さん、本当にありがとうございました!


目標金額は達成しましたが、これで終わったわけではありません。寄付金はまだまだ受け付け中です。一緒に「いい事」を楽しみましょう。「悪い事」を楽しむのと同じくらい気軽に。


興味のある方は、下記をクリックしてください!


携帯からはこちらです。http://hitokoto.mobi/justgiving/>


パソコンからはこちらです。http://hitokoto.mobi/pc/anri7/>


夢は大きく、目標金額の200%!!!


……ちょっと図々しかったかしら。





Tuesday, February 15, 2011

いよいよ本日




13:00〜アフリカの幸せを願い、極寒の中、ナビなしで七福神を巡ります。

ツイッターでもブログでも、何度も何度も告知してしまい、本当にしつこくて申し訳ありません。ただ、私のチャレンジや、Just Givingの存在を知ってほしくて。そしてアフリカの人々、ひいては世界中の人々の幸福を、しょっとでもいいので考えてほしいのです。

Just Givingでは、私が決心したチャレンジを、私が支援する団体への寄付という形で応援することができるのです。

詳細は私のチャレンジページからご覧になってください。


携帯

PC

寄付していただいた金額は、モザンビークにたった一人で乗り込んだ勇気ある日本人女性
、プラコさんの現地での活動資金として活用させていただきます。

七福神巡りの様子はツイッターで実況しますので、どうぞまめにツイッターをご覧ください!

目標金額は是非とも達成したいです!

どうか皆様、応援をしてください!

しつこい告知ですみませんでした。

それでは、後ほど。多くの皆様のご参加を、心よりお待ち申しております!

Friday, February 11, 2011

お知らせ。




皆様はJust Giving Japanというサイトをご存知だろうか?

JustGivingとは、何かにチャレンジすることで、支援したい団体のために寄付を集めるプラットフォームだ。

何かをはじめてみたいのに、一人ではなかなか続かない、という人も多いのでは?そんな人でも、チャレンジを公開して、他人からの反響を直に感じることで、やり遂げることができるはずだ。

しかもその「反響」が、寄付金として集まるのだから、やる気も倍増するというわけ。

寄付金を馬鹿らしいことに使うのでは意味が無い。どうせなら誰かの役に立ちたい。

素晴らしい活動をしている団体に使っていただけるのなら、これほど嬉しいこともない。
そこで私もチャレンジしてみることに!

チャレンジ内容は「ナビなしで、七福神巡りをして、アフリカの幸せを祈る」というもの。

旅行好きの私だが、アフリカには未だ足を踏み入れたことがない。いつかは行きたい憧れの国である。

しかし、その美しい憧れの国では、多くの人たちが貧困に喘いでいるのが現状だ。
同じ年の女性が、たまたま生まれた国が違うというだけで、
私たちのように、ショッピングをしたり、職場の愚痴をこぼしたり、ダイエットしたりできないでいる。
かといって、私たちのほうが優れているということはまったくないし、正しいというわけでもないだろうし、本当に幸せというわけでもないかもしれない。

だが、生きる死ぬの問題で苦しんでいる人は、アフリカと比べたら多いとは言えない。

私は善人ではないけれども、他人の心からの苦痛を喜べるほど複雑な人間でもない。

誰かの苦痛を取り除く手伝いができたら、とずっと思っていた。

そんな時、小説を掲載させていただいているソニー・デジタルつながりで、プラ子さんのブログのことを知った。

元109のショップ定員である彼女は私と同年代でありながら、単身でアフリカのモザンビークに乗り込み、現地の人々を支援しておられるのだ。

できるなら私もそういうことがやってみたい。しかし、そうするには私は臆病すぎるし、もっと身近に支えなくてはならない人がいる。
そんなことを言い訳にして、行動をおこせないできない自分がもどかしかったのだが、今回のチャレンジで、本当に小さなものではあるが、一歩踏み出すことができた。

七福神巡りは、2月15日、火曜日の、午後13:00からスタートします。
そして、その様子をツイッターで実況中継することになりました!

携帯版はこちら。http://hitokoto.mobi/justgiving/

PC板はこちら。http://hitokoto.mobi/pc/anri7/

皆様、どうか私のツイッターをフォローしてください。
そして、応援してください!

寄付をするというのは、ささやかな幸福を買うことでもあると、私は思っている。

いいことをすると、きっとたいていの人が「なんとなく満たされた気持ち」になるだ。その気持ちは、ささやかな幸福と呼べなくもない。

寄付をすることで心の奥にともる小さな灯りは、きっとその日をご機嫌に過ごす材料になる。

もちろん寄付が全てではない。
同じ地球に苦しんでいる人がいる。

普段は忘れてしまいがちな、そんな当たり前のことを、時々は思い出してほしい。たとえばふと私を思い出した時にでも。

どうぞ宜しくお願いします!