Sunday, October 31, 2010

YOUNG ARTISTS JAPAN Vol.3




数日前のことになるが、タグボート主催のアートイベント「YOUNG ARTISTS JAPAN Vol.3」のレセプションに行ってきた。

イベント自体は昨日、今日と開催されていたので、実際行かれた方もいらっしゃるのではないだろうか。

新進気鋭の才能が一挙に集まっているということで、会場は何ともエネルギッシュだった。


個人的には渡部剛さんの作品が印象的だった。



ご本人と少しお話することができて光栄だった。



今回展示されていたものは、もう、噛めば噛むほど味の出る、俗に言うスルメのような作品だった。私はスルメよりも貝ひものほうが好きなので、やっぱりここは貝ひものような作品だったと言い直しておこう。

古い雑誌をコラージュをして制作したということだ。

正直に言うと、ぱっと見は「ああ、すごいな、カラフルだなあ」くらいにしか思わなかったのだが、よく見ると化け物だった。

切り抜きの一つ一つがいちいち面白い。十分くらい観ていたが、一向に飽きなかった。きっと一時間くらいは軽く観ていられると思う。いや、こうなってくると「観る」というよりも「読む」に近いのかもしれない。「読めるアート」に出会ったのは初めてだ。

もしも刑務所の壁紙がこんなだったら、私は抵抗無く犯罪を犯してしまうかもしれない。

よくもまあ、これだけ私好みの切り抜きばっかり集まったものだ。変なイラスト、変なキャッチコピー、変な記事、そしてボディビルダーの写真!

『さぶ』や『薔薇族』に載っていそうな切り抜きもあった。タンポンの取り扱い説明書もあった。

恐ろしいほど太った三人の外国人女性の写真もあった。これは強烈だった。水着姿だったから余計すごかった。

なんと言っても夢に登場することになったのだから。

夢の中で、その太った人は女性だか男性だかわからなかった。ただ、写真と同じような体型だった。だが、写真ほどは人間らしくなかった。もっとキャラクターのようだった。

それらは飛び跳ねて、ぶつかり合い、ぼよよんぼよよんと音を立てていた。まるで、肉色をした巨大な風船のようだった。

それ以外にも、この作品を観てからというもの、奇妙な夢ばかり見るのだ。その時は何の影響なのかわからないのだが、目が覚めて落ち着いてみると「あれだったのか!」と納得する、そんなことが金曜の夜から続いている。


噛めば噛むほど味が出るだけでなく、それほどまでに後を引く作品でもあるのだ。


河野裕麻さん(上から三番目の画像)の作品もユニークだった。


キッチュなイラストの数々はごく普通のメモ帳に描いていると言う。子どもの頃から画風は変わらないのだとか。

彼女の作品を観て、私は強烈な懐かしさを覚えた。これは何も私だけが感じるものではないはずだ。小学生の頃、友達の漫画を初めて見た時に感じる違和感。自分の漫画と似ている部分もあるのだが、明らかに違う作風。勿論、雑誌なんかで見るプロの絵柄とも違った、くすぐったくなるような親しみやすさ。河野さんの作品にはそれがある。

貴重な才能だと思う。


紹介したお二方以外にも、わくわくするような作品が多数展示されていた。

好みではないものもあった。理解する気力の起きないものもあった。だが、欲しいと思えるものも少なくはなかった。

実際手頃なものを買ってしまったくらいだ。

今後は少しずつ、こういったアート作品も集めていこうかと思う。安いものでいい。有名な作家でなくてもいい。眺めていて幸せな気分になれればそれでいい。

とりあえずはロンドンで何か見つくろってこようかと思っている。











昨日の


撮影会に参加してくださった皆様、悪天候の中を本当にありがとうございました。

差し入れにも感謝致します。

面白い衣装も着ることができて満足です。

またこういった機会がありましたら告知しますので、ふるってご参加ください。

Friday, October 29, 2010

告知です。



突然ですが、10月30日(土)に、初台のアンヴィシャスというスタジオで撮影会があります。興味のある方は下記のホームページで詳細をご覧になってください。

http://avsatsu.com/notices/studio/8/


よろしくお願いします。

ちなみに、画像は先月ベトナムからの帰りの飛行機の中でひたすら興じていた塗り絵だ。我ながら悪趣味だと思う。

Wednesday, October 27, 2010

貧乏記の魅力



来年頭にロンドンとアムステルダムに行くことが決まったので、気分を盛り上げるためにも、ジョージ・オーウェルの『パリ・ロンドン放浪記』を読んでいる。

噂通りの貧乏記である。これに比べれば私の貧乏旅行などまだまだ甘いとしか言いようがない。いや、貧乏どころかかなりブルジョワな旅行なのではないかとすら思えてきてしまう。

私はとにかく貧乏記というものが大好きで、そういう本があると聞いたら無条件に注文してしまう。貧乏記の数は少なくはないのだが、それほど多くもない。おかげで私は今のところまだ「貧乏記貧乏」にはならずに済んでいる。

貧乏記は私に勇気を与えてくれる。いくら自分が貧乏だからといって嘆いていてはいけない。上には上がいるのだ。欲しいものが買えない程度の貧乏では、食うのに困る貧乏の足下にも及ばない。

食べたいのに食べられない貧乏ほど辛いものはない。そこらへんを『パリ・ロンドン放浪記』は子細に描写する。ここに登場する人物たちは、いつだって腹を減らしている。いつだって食べ物のことばかり考えている。

はたして、現代の日本にこんな若者がいるだろうか?

いや、いくらでもいる。私だってここ数日はそんな感じである。

幸い今日の私は取り立てて貧乏というわけでもない。以前より物を買わなくなったからだ。しかし、若かりし日のジョージ・オーウェルと同じくらい、食べ物には飢えている。
ダイエットをしているからだ。

このところ私は太った。他人に指摘されるくらい太った。いや、どれだけ太ったかは自分が一番わかっている。

こんな時は、本の中のこんな文章が身に染みる。

「空腹がどういうものかも、わかってくる。マーガリンをつけたパンを腹におさめて外出すると、店のウインドーを覗く。いたるところで、買い手のない山のような食べ物がわたしを侮辱する。丸ごとの豚肉、バスケットに積まれた焼きたてのパン、バターの大きな黄色い塊、つながってぶらさがっているソーセージ、うずたかく積まれたポテト、まるで回転砥石のようにバカでかいグリュイエール・チーズ。こんなにある食べ物を見ると、みじめで泣きたくなってくる。パンをひとつつかんで逃げ出し、つかまらないうちに呑み込んでしまったらと考えはしても、ただただ怖くてできはしない。
一週間でも」、マーガリンつきのパンで暮らした人間は、もはや人間とは言えず、付属器官がいくつかついた腹にすぎないと、つくづく思う」

本当に共感する。悲しくなるくらいに。私もオーウェルも、戦っているという意味では同じだ。私は体型と、彼は貧困と。そして途方も無い空腹と。

そうなのだ。今頃になってやっとわかった。私がこうも貧乏記に心ひかれるのは、描かれている心理がダイエット中の気持ちにぴったりフィットするからなのだ。だから私はダイエットをする度に、貧乏記を読み返しているのだろう。

主人公がこれほど頑張って空腹と戦っているのだから、私も頑張らなくては。そう思うことで、もう少しでポテトチップスの包みを開けてしまいそうになる駄目な右手を止めることができるのだ。この手のジャンルの本には、どうやらこういった効能もあるらしい。

ちゃらちゃらしたダイエット本より文学的価値もあることだろうし、痩せたい人はまず著名な作家の貧乏記を読むことをお勧めする。







Tuesday, October 26, 2010

豹柄の食べ物の思い出


柄の中で一番好きなのは豹柄とボーダーで、どちらが上を行くかはその日の気分によって変わるが、今日の気分は豹柄だ。

最近はあまりにも好きすぎて、写真のように豹柄の服×豹柄のスカーフなどの、関西圏のおばちゃんにいそうな組み合わせすら楽しんでいる始末である。

それほど大好きな豹柄だが、あの柄を愛しく思えるのは目で見るものの場合だけであって、決して食べ物があの柄であってほしいとは思わない。まあ、当然のことなのだが。

実を言うとこれまでに一度あったのだ。あの柄の食べ物を口に含んだことが。

小学校三年生か四年生の時だったと思う。その日、給食のメニューはけんちん汁だった。

にんじん、豚肉、大根、長ネギ、こんにゃく、油揚げ。具はこんな感じだった。いつも通りの美味しいけんちん汁だ。

きっとその日も私は給食当番に「大盛りにしてね」と頼んだと思う。けんちん汁は好物だったのだ。一度に多量を作るせいからだろうか?家で食べるものよりずっと美味しかった。

けんちん汁でもまぜごはんでも八宝菜でもそうなのだが、何種類かの具の入っている食べ物の場合、私はしっかり皿を見て食べる。

最初から最後まで、全ての具が同じ割合で入っていないといけないからだ。けんちん汁の場合、大根とこんにゃくは特に好きだから、注意深く食べないとすぐになくなってしまう。そうすると味のバランスが崩れて、せっかくの好物が台無しになるのだ。

そういう事情があって、今箸の間に挟まれているのもがいったい何なのか、私はいちいち確認してから口に運んでいた。

やがて、箸は皿の中から見慣れぬ食材を拾い取ったのである。

それがあの、得体の知れぬ豹柄の食べ物だったのだ。

初めは変なこんにゃくかと思った。色合いはグレーっぽく、けんちん汁の具の中では一番こんにゃくに似ていたのだ。しかし、どうも感触が違う。

変色した油揚げかとも思ったが、それにしてはきめが細かすぎるし、つるつるしている。

いったいなんなのだろう?見たところ、皿の中にはそれ一欠片しか謎の食材は入っていない。いっぱい入っていたなら何か新しい具なのだと納得できるのだが……。まったく薄気味悪い。

だが、そこは意地汚い小学生のこと。他には入っていなさそうな具が自分のけんちん汁にだけ入っているなんて、すごく得した気分になってきた。これを食べると何かいいことがあるようにすら思えてきた。

私はこわごわ口に入れてみた。舌と歯で味と感触を確かめ、鼻から息を抜いて匂いを確かめた。

無味無臭で、やはりこんにゃくでも油揚げでもない。

食感は鶏皮か、何か膜のような感じだった。ぷるぷる舌の上で踊って、歯茎に張り付いてくるようだった。が、当時はそんな食感を楽しめる年齢でもなかった。ぐにゃぐにゃしてひたすら気持ちが悪かった。今考えるとコラーゲンもたっぷりなのだろう。意外なほど弾力があり、噛み切ろうとしても難しかったから、結局丸呑みしてしまった。喉ごしはつるんとしていた。

正直、期待外れの味だった。

他の具も食べ終わり、空の皿を配膳台に持って行った後、私はクラスメイトに豹柄の食材について話をふった。

誰もそんなものは入っていなかったと答えた。給食当番も知らないと言っていた。

他の人たちのけんちん汁は、いつもと同じ平穏なけんちん汁だったらしいのだ。

それを聞いて、私は胃の奥が重くなるのを感じた。吐き気がしたが、結局吐くことはできなかった。口の中にはいつまでもあのぐにゃっとした感触が残っていた。

それから何度も給食のけんちん汁を食べた。しかし具は以前と同じ、にんじん、豚肉、大根、長ネギ、こんにゃく、油揚げで、あの豹柄の食材を見ることはもう二度となかった。

あれは私の見間違いだったのだろうか?それとも、他のものに入れるはずだった食材の一部が、たまたまけんちん汁の鍋に混入してしまい、ものすごい確率で私の皿に入ることになったのだろうか?真相はいまだにわからない。

が、最近になって恐ろしい発見をしてしまった。ここからは気持ちの悪い話なので、そういうのが苦手な方、特に男の方は読まないでいただきたい。




先月の生理は重かった。血液どころかかたまりがどっさり出た。

一度なんて、ちょうど切ったこんにゃく程度の大きさの膜が出てきた。

あまりにも珍しいので、すごく汚いことなのだが、私はその血まみれの膜を流水で洗ってみた。

すると、十数年前の記憶が在り在りと蘇ってきたのである。

大きさといい、厚みといい、感触といい、その膜はあの食材にそっくりだったのだ。

豹柄ではなかったから、給食のおばさんの心が病んでいた可能性は極めて少ないと思うのだが……。

真相はきっと知らないほうがいいのだと思う。










Saturday, October 23, 2010

シングルマン



処女作が秀作ということはよくある。その人がこれまで考えてきたことが、培ってきたものが凝縮されているのだろう。

『シングルマン』もそうだった。トム・フォードという人のことはデザイナーとしてしか認識していなかったが、彼の初監督作品を観て、意見を変えざるを得なかった。

彼の映画監督としての才能はたいしたものだ。

『シングルマン』は娯楽と芸術の配分が素晴らしい。どこか和風ともいえる叙情的な映像、シリアスなストーリー、登場人物の繊細な心の動き、これらは芸術と言っていい。

そんな中で、私が何より感心したのは映画全体に漂う「美」である。その「美」は極めてエンターテインメント性に富んでいる。普通「美」というものは芸術の材料にしてしまいがちだ。それが一番手軽だからだ。だがそれは安易でもある。私のようなひねくれた人間の心には訴えかけない。

この映画で「美」はちょうど他の映画でいうところの「お色気シーン」に値する。たとえば、ベッドシーン、セクシーなヒロインのアクション、美女への暴力などだ。これらはまぎれもなく観客へのサービス・シーンだ。観客がそういうものを求めているからだ。

『シングルマン』を観る観客はどういう人間か?

様々な人間が観るだろうが、とくにファッション好きとゲイの割合が観客の多くを占めることは想像に難くない。
そして、ファッション好きとゲイが見たいもの。それはお洒落な衣装や舞台装置、そして、美しい男である。

これらが実にいいタイミングで画面に登場するのだ。
ある時はお洒落な学生として、ある時は教師の完璧なヘアスタイルとして、またある時は、ほんの一時言葉を交わす美青年として、そして、鍛え抜かれた肉体として。

私は何度もうなってしまった。うーん、うまいな、と。なんてサービス精神が旺盛なんだろう。

観る前は少し心配だった。もしかするとただのお洒落映画なのではないかと。

が、そんな心配は無用だった。確かにお洒落な部分はあるが、『シングルマン』はただそれだけの映画ではなかった。先にも述べたように、お洒落さや美しさは、観客サービスとして、ほどよい程度にあるだけだった。

きっと、他の部分に自信があったから、これほどサービスシーンたっぷりの作品に仕上がったのだろう

そしてその自信にも頷ける完成度だった。

まだ観ていない人は是非映画館に足を運んでみるべきです。



それから、十二月公開予定のこっちもすごく観たい。出演者がどちらも好きなので。ゲイの多い映画館で観たら盛り上がりそうだなあ。

Friday, October 22, 2010

REDLINE



『RED LINE』を観に行ってきた。

ずっと気になってはいたのだが、声優がなあと思っていた。木村拓哉さんはいい役者なのだと思う。軽いドラマには欠かせない存在だし、人気が落ちないところも「別格」感が漂っている。本当に国民的な方だ。

が、国民的すぎるのは時としてネックだ。どうしても出演する作品がその人のカラーに染まってしまう。タイトルの前に「誰々の」とついている場合ならいい。たとえば、『テンプルちゃんの小公女』みたいに。

昔の作品ならまだいい。スターありきの時代の映画なら。浮世離れしていてよろしい。しかし声優としてはいかがなものか。

『ハウルの動く城』もそうだった。あれも木村拓哉さんが声優をつとめていた。確かに存在感はあった。ちょっと『アリス・イン・ワンダーランド』のジョニー・デップのような存在感だった。
だから違和感があった。そもそも『アリス・イン・ワンダーランド』も帽子屋が目立ちすぎているところが気に食わなかった。映画館で観た私が主役アリスの顔を覚えていないのも問題だと思う。

『ハウルの動く城』も同じだ。他の登場人物をあまり覚えていない。悪役しか覚えていない。ストーリーも覚えていない(あ、でも『崖の上のポニョ』よりはずっといい話だったことは覚えています)。
ただ、耳から入る情報がどうも月9ドラマだったことに違和感があったことははっきり記憶している。

そういうわけで、『RED RAINE』もどうなんだろうなあ、と思っていたのだが、とにかく映像がすごいと聞いてどうしても映画館で観たかった。そんなに映像がいいのなら、うちの小さなテレビ画面でなんてもったいないではないか。

そこで、観に行った人に感想を聞いてみた。悪くないようだった。声優はあまり気にならないらしかった。

結論から言うと、私も今回は耳からの違和感を感じなかった。きっと、私と同じような人が多かったので、木村拓哉さんご本人もすごく気をつけたのだと思う。

それだけではないかもしれない。原因は私にあるのかもしれない。

考えてみたら、私はまったく民放を見ない。どんな番組があるのか全然わからないし、木村拓哉さんが最近はどんな活動をされているのかも一切知らなかった。『ハウルの動く城』を観たころは、まだ今とくらべるとテレビを見ていたように思う。だから違和感を感じたのだろう。

木村拓哉さんがどんな声で、どんな喋り方をしていたのか、私はまるっきり忘れてしまっていた。

これがプラスに働いた。今回は非常に楽しめた。

途中、「絵柄が矢沢あいさんっぽいな」と思い始めてしまって、その考えを振り切るのに三十分くらいかかったが、それ以外は問題なかった。

あ、でもヒロイン女の正確にはいらいらさせられた。だが、それは私が女だからだろう。たぶん男性から見たら最高の性格なんだと思う。

そんなヒロインも含め、『RED LINE』は男受けしそうな要素が満載の作品だ。車、レース、ごっつい悪役、クールな脇役、SF、色っぽい姉ちゃん。

そういうものが好きな人にはたまらない映画だろう。私も幸い好みの映画だった。

だが、たいていの女はあまり好きなジャンルの映画ではないような気がする。デートであれを観に行く方は、女の子に「なにさっ」と思われる覚悟で行ったほうがいいだろう。

聞くところによると、パートナーのアニメ好きを複雑に思っている女も多いらしいので。

欲しすぎて大変


『PORPLE FASHION MAGAZINE』という雑誌でクロエ・セヴィニーが着用していた、このブレスレットが欲しくて欲しくて吐き気がする。

DEEFINA DELETTREZというブランドなのだが、この石がついているものは日本円に換算すると七十万円近くする。
石のないものでも四十万円はすることだろう。

とてもじゃないけれど、手が出ない。

もう、すごくすごく嫌だ。

Wednesday, October 20, 2010

新宿HANJIRO




新宿ルミネエストの六階にできた「HANJIRO」が素晴らしい。一応説明しておくと、「HNJIRO」は、インポート古着チェーンの店名だ。

とにかくこのルミネエスト店は、広さも品揃えも値段も言うことなしだ。

写真で着ている黒いマント風カーディガンも、たった千八百円程度だった。それなのに作りだって随分しっかりしている。もしも今売っていたとすれば、万札一枚なんかじゃ買えないだろう。

新宿HANJIROは店内の雰囲気もいい。国内の古着屋というやつは、大抵が店内までも品物と同じように小汚いうえ、ごちゃごちゃと見づらい割には品数が少なかったりするのだが、ここではそういう不満は一切感じなかった。

綺麗な店内はどちらかといえば無機質で、パリのを思い出させた。

置いてある古着の状態は、値段も値段だし、それほどいいとは言えないのだが、陳列がきちんとしているとちゃんとしたものに見える。

しかし、あまりにもきっちり整頓されてつまならいということもない。そこそこ品数が揃っているから、何十着もの中からとっておきの一着を探す、古着やならではのいわゆる宝探し的な楽しみもここでは失われていない。

初心者も古着好きも満足できることだろう。

HANJIROは下北沢にも吉祥寺にも原宿にもあって、どこもそれなりにいい。だが、ユニークさではやっぱり新宿店が群を抜いていると思う。

なぜなら、新宿の、それも駅ビルで古着を買うという行為自体が、よく考えたらとてもユニークなことだからだ。

新宿という街に古着屋は少ない。あるにはあるが、どちらかといえばリサイクルショップのような意味合いのものが多く、代官山や原宿によくある、いかにも古着屋然とした店が滅多にないのだ。

まあ、それも仕方がない。新宿で買い物している人で目立つのは、OL、中国人観光客、水商売の人たちで、彼らが古着を愛用しているようには見えないからだ。

これまでの新宿には、当然そういう人たちをターゲットにした洋服屋が多かった。私はもっとカジュアルで、着こなしにもっとよその国の文化の香りがする服装が好みなので、必然的に新宿で服を買うことは少なかった。

もしかすると、HANJIROがその流れを変えてくれるのではないかと期待している。

新宿はどこからでも行きやすい場所だし、夜も遅くまでやっているから、夕方から行っても焦って回る必要もない。それに新宿は、ファッション以外では最高なのだ。電気屋も多いし、紀伊国屋もある。伊勢丹にはほとんどの化粧品が揃っている。あの街が洋服も含めてショッピング天国になってくれたら、私だけではなく、多くの人にとって好都合に違いないのだから。










マネージャーIさんの追加写真。


これは本当に笑いのツボだ!

ターンが早すぎてちゃんと見えない。消えかけている。

やっぱりこの人は天才だと思う。

それから、Iさんの似顔絵を描いている私の写真も一応載せておきます。


我ながらすごく楽しそうだ。

六本木のどこかにこの不気味な似顔絵の描かれたバーがあります。暇な人は探してみましょう。

Saturday, October 16, 2010

オタクの会




まず、この写真は誰なのかを説明しよう。

彼はマネージャーのI氏。私の周囲の人間の中では断トツに独特だ。

今日は「オタクの会」だったので、私もオタクらしい行動をとった。つまり、常にカメラを構え、あらゆるものを撮りまくったのだ。いつもと同じだとも言えなくないんだけれど。

いや、完全にいつもと同じではないな。いつもならこれほど人間ばかりを撮ったりしない。それほどIさんはフォトジェニックなのだ。

それもそのはず。二次会は彼の行きつけのガールズ・バーだったからだ。普段はミステリアスなIさんだが、飲み屋に来て、カラオケタイムに突入すると人間が豹変するのだ。

レパートリーからしてひと味違う。十八番は今時の女性アイドルなのだ。今日聴かせてくれたのも、モーニング娘。やAKB48などの男性が一人で歌う姿は滅多に拝めない曲ばかり(だって、オタクの会だもんな)。

その選曲だけでもすごいのに、それに合わせたダンスがもう、筆舌にしがたいほどすごいのだ。初めて見たときは「天才って本当にいるんだなあ」と感動した覚えがある。ある意味では、イサドラ・ダンカンも、ジョセフィン・ベーカーも、ニジンスキーすら超えるのではないだろうか。

おっそろしく軽やかなステップ、この世の誰にも影響を受けていないであろう、オリジナリティ溢れる振り付け、ほとばしるエネルギー、観るものを熱狂させずにはいられない、強烈な存在感。いや、いくら言葉を並べてもあの素晴らしさを表現するのは不可能だ。

I氏の後に曲を入れるプレッシャーはかなりのものだ。今日私は、姫川亜弓のすぐ後で演技をする乙部のりえのような気分を味わった。まったく、おそろしい人だ。

動画も撮ったから、本当はアップしたいのだが、プライバシーの損害になってしまうだろうから、泣く泣く諦めることにする。

せめて顔くらいは公開したいのだが、やはりそれもまずいだろうから、写真に加工させていただいた。余計変になってしまったが……。

それから三枚目と四枚目の写真をよく見て欲しい。三枚目では胸下あたり、四枚目では足下あたりに黒い影のようなものが見えないだろうか?

やっぱり例のやつだと思う。やっぱり、という感じがしないでもない。あの動きはあまりにも人間離れしている。何かが取り憑いていたというのならそれにも納得できる。

ちなみに、この「ザ・酔っぱらい」な格好は、周囲のリクエストに応えてくれただけで、Iさん自らやったものではない。ちゃんとやってくれるところはさすがエンターテイナーなだけある(彼は、秋葉原でのライブに出演した経験もあるのだ)。

どうせなら、あの土産物を持ってほしかった。鮨詰めの箱に変な紐がついていて、ヨーヨーみたいに指に引っ掛けてもつあれだ。プラーンとしているあれだ。未だかつて売っているのを見たことが無いが、はたして実在するものなのだろうか?

次回のオタクの会では、あれを手作りして持参することにしよう。

それにしても、今日は笑いすぎて腹筋が痛いや。










Wednesday, October 13, 2010

変態ホルモン



外食と言えばホルモンだ。焼き、鍋、なんでも来い。

どうしてあんなに美味しいのだろう。いつかは本場鶴橋まで食べに行きたいくらいだ。

まろやかなようでいて癖のない味。ぷりっぷりの食感。ジューシーな油。食べたあと胃にずっしりくる満足感。ホルモン焼きの場合、焼き方によって天と地ほども味が変わってしまう奥深さ。

こうやって書いているだけでもよだれが溢れ出てくるようだ。ああ、食べたい。

しかしホルモンというやつ、味も食感も何もかも最高だが、何より見た目のグロテスクさがたまらない。

私はどういうわけかグロテスクなものを見ているとお腹が空く。まあさすがに糞便では空かないが、スプラッタ映画などの内臓系はもうたまらない。ダイエット中には遠ざかっておく必要がある。血もだめだ。お腹が空くという意味で。どうしても肉を連想してしまうのだろう。

やっぱり私って変態なんだと思う。最近クラフト・エービング(クラフト・エヴィング商會ではなくて精神科医のほう)の著書を読むなどして、変態を研究しているのだが、あまりにも私に当てはまることが多いのだ。私は一歩間違えたら快楽殺人者になってしまうのではないだろうか。そんな風に心配になることもある。それも、わりとしょっちゅう。

そこでホルモンが役に立ってくるのだ。こじつけに聞こえるかもしれない。しかし、最近つくづく思うのだ。ホルモンのおかげで、私のグロテスクなものへの欲求不満は多少解消されているに違いないと。

グロテスクなものを見たいという欲望は、写真や映像が叶えてくれるが、それを食べたいという欲望はいったいどうしたらいいのだ?

ホルモンデビューする前の私は、それをレバ刺しのみで叶えていた。しかし、レバ刺しのグロテスクさなんぞたかが知れている。レバーは元の姿を想像してもそれほど気持ち悪いものではない。色なんかどちらかといえばきれいでさえある。

が、ホルモン屋で頼むいわゆる「ホルモン」は、調理用に切り刻まれていたとしても、その見た目はレバーより余程気持ちが悪いし、「これはもともと腸だったんだなあ」と考えることができて楽しい。

ツイッターでも言ったのだが、大腸なんてうんこの通り道だったのだと考えると、より薄気味悪さを味わえる。それが実際にうんこ臭かったらだめなのだが。あくまでも想像する上でちょっと気持ち悪い程度でないと。

こんなことを考える私はどうかしているのか?

いや、世の中のホルモン好きは、多かれ少なかれ、みな似たようなことを考えているのではないだろうか?意識しているしていないは抜きにして。

だとすると、これだけホルモン料理屋が多い我が国には、それこそ無数の変態が暮らしていることになる。

それってどうなのか?いや、ちょっと面白いではないか。

Monday, October 11, 2010

プラットフォーム


以前なら靴はハイブランドしか履かないと決めていた。

そうすれば安い服でもそれなりの値段に見えるから、とお決まりの言い訳をしていたが、今思うと、それも本当は違っていたかもしれない。 

なぜかというと、昔は今みたいにしょっちゅう海外旅行にも行かなかったし、海外通販もなんとなくうさん臭く思っていたので利用しなかった。

そうすると、日本国内で靴を買うしかなかったのだが、残念ながら私は馬鹿みたいに足がでかい。いいなと思う靴があってもサイズがなくて当たり前だから、入る靴を買うという選択しかできなかった。となると、100%気に入ったデザインでないことが多いのだから、せめて高い、いい靴を履いて自分自身のテンションを上げていくしかなかったのだ。デザインで妥協しているうえに、見るからに安っぽい靴を履くなんてとても耐えられない。

だが、海外旅行と海外通販でしか物を買わなくなった今は、靴に対する悩みやコンプレックスなんぞ吹き飛んでしまった。

サイズではなくデザインで選べる幸せが、今日では当たり前のものになったのだから。

変なこだわりのなくなった今、私は自由に靴を選んでいる。

世の中には安くて可愛い靴が無限にあるのだ。なんて素敵なことなんだろう。

最近心ひかれるのがプラットフォーム、つまり厚底の靴だ。流行っているのか、あちこちのブランドから登場しているのだ。これだけ見せられちゃあ気になってもくるさ。

それに、厚底靴の中には小学生時代の甘酸っぱい思い出が込められている。ああ、懐かしの90年代!

画像のブーツは最近一番活躍してくれているJeffry Cambell のものだ。なんて懐かしい形だろう。これに合わせるためにナイロンのリュックも買わなくてはいけないように思えてくる。

ヒールの高さは、おそらく15センチ近くあるだろう。いや、もっとあるかもしれない(こういう時のために、家に定規かメジャーを置いておかないとだめだな)。

私の身長が170だから、この靴を履いている時は、少なく見積もっても185センチはあることになる。

これだけ大きいとけっこう威圧的な感じになるだろう。私はあまり性格がよくないので、他人に威圧感を与えることが嫌いじゃない。

私とは比べ物にならないくらい稼いでいるように見えるおっさんとすれ違う時、さり気なく上から見下ろす快感といったら!ローヒールの靴でもとても味わえないだろう。

馬鹿と煙は高い所が好きというのは本当なんだな、と身をもって実感している。

せっかく、私は高層マンションにも、展望台から見る景色にもこれっぽっちも興味が無いから、もしかすると馬鹿ではないのかも、と淡い期待を抱いていたというのに。


















Saturday, October 9, 2010

美味しんぼ!



『美味しんぼ』について語ってみたい!同じ料理が食べてみたい!

ずっとこんな風に思っていた。それほど本当に大好きな漫画なのだ。

そしてついに!念願叶って、このような面白い企画に参加させていただくことができました。

キセカエスピリッツ企画

美味しんぼに登場する店で、同じメニューを食べてみたい!

「美味しい料理教室」に続く、食いしん坊企画第2弾!

【直撃!美味しい店】

こちらからどしどしアクセスしてください!

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http://dkko.jp/novel_t/index.php?novel_id=92