Tuesday, September 28, 2010

パリパリ



たった三日半しかパリにいられないなんて、いくらなんでも短すぎた。

想像していたよりも、ずっと親しみやすい街だったものだから、当然私は帰りたくなくなった。

とにかく不完全燃焼の旅だった。今回は一人旅ではなかったから、実質二日くらいしか見たいところを見ていない計算になる。たった二日じゃなんにもできない。やり残したことが多すぎる。

これはもうまた行くしかない。

パリは一大観光都市だった。街全体がテーマパークだと言っていい。どこにいても、何をしていても、見所にぶつかるんだから大したものだ。

行く前は不安だった。パリの人は冷たいと聞いていたからだ。何もしていないのに怒っている。急に機嫌が悪くなる。あいさつをしても無視される。英語がわかるのにフランス語しか話してくれない。

あの街に行った人に話を聞くと、半数くらいはこんなことを言っていた。

いらいらしやすい私だから、向こうで極度のストレスを感じたらどうしようと思っていた。見知らぬ外人に怒りをぶつけて、面倒なことになったら困る。

しかしそんな心配はするだけ無駄なことだった。

パリの人は嘘みたいに優しかった。

販売員もカフェの従業員も、タクシーの運転手も、みんながみんな揃っていい人だった。

道を尋ねた見ず知らずの人も、すれ違った道路掃除のおっさんも、思わず心がなごむような笑顔を見せてくれた。

英語圏だったけ?と尋ねたくなるくらい、当たり前に英語が通じたし、会う人会う人不景気
を感じさせない機嫌の良さだった。日本とは違って、ぶつかりそうになったらちゃんと謝ってくれるし、ブティックで試着だけして買わなくても、しらっとした態度を見せる店員は一人もいなかった。


さすが世界的に有名な観光地なだけある、と感心してしまった。そこで働いている人は、どんな職業の人だろうと、観光客のおかげで今の生活があると思っているのだろうか。なんて謙虚な人たちなんだろう。

だけど、これまで行った他の観光地のようにぼったくってやろうという魂胆はみられなかったし、笑顔もわざとらしくなかった。

聞いていた話とは全然違っていた。だが、確かに何十人もの人に聞いたのだ。パリの人は感じが悪いと。

私も友人もまったく理解できなかった。なにをどうしたらあの人たちがそんなに悪い態度を取ってくるのだろう?

感じが悪いと言っていた人たちは、いったいパリでどんな行動をしたというのだ?

国旗を侮辱するTシャツでも着て歩いたか?一ヶ月くらいシャワーを浴びないで行ったのか?口汚い言葉で喋ったのか?常に中指を立てて歩いていたのか?公衆の面前で唾を吐いたり、商品に鼻くそをつけでもしたのか?

あっちの人たちは感じが悪いよ、と言っていた日本人は、ごく普通の人たちだった。そんな突飛な行動に出るとは思えないのだが。

もしかすると、私が行っていたのは本当はパリではないのだろうか?

「長崎オランダ村」みたいなものだったのではなかろうか?

だとすれば、あの全体に漂うテーマパークっぽさの説明もつく。

だが私は確かに飛行機に乗った。パスポートも見せた。ならば、あのパリのような場所は一応外国ということになる。

だったらまだいい。

もしもあれが本当は国内だったなら、いくらいい人揃いのパリ(らしき場所)の人たちが相手でも、私は怒り狂ったことだろう。

そういえば、今思い出したのだが、あっちでも一人、生爪をはがしてやりたくなるほど感じの悪い人に会った。

すごく意外な人だった。

冗談みたいな話だが、その人はラーメン屋の日本人店員だったのだ。

やっぱり、私はパリにかつがれているとしか思えない。








Saturday, September 25, 2010

不運だったベトナム


ベトナム経由のパリだった。一番安いツアーに申し込んだらそうなってしまったのだ。

文句は言えない。安いのだから。

ドランジットは面倒くさいが、どこにだって行ってみたい私なのだから、二カ国行けるなんてお得じゃないか。

そんなわけで、まあわりに楽しみにしながら、行きに七時間、帰りに一日半、ベトナムに立ち寄った。

行きに寄った時は、ひどい雨だった。どうやら今は雨期らしいが、それでもちょっとひどかった。日本だったら、警報が出ているくらいの豪雨だった。それも、降り止む気配はなかった。

少しでも市内観光をしたかったのだが、市内まで出て、あまりの雨のすごさに、迷わず空港まで引き返した。タクシーは考えられないくらいのぼったくりだった。日本とあんまり変わらない値段だった。

あまりにも暇だったので、空港でマッサージを受けた。二時間近く受けたのだが、私の担当だった男性はけっこううまかった。事務的な態度にも好感が持てた。

が、終わったあと、友人はえらく落ち込んでいる様子だった。

どうやら、彼女を担当したマッサージ師は変態もいいところで、体中なで回される、ブラジャーの中に手を入れられるなどの痴漢行為を受けていたらしい。正常な恥じらいを持つ彼女は当然文句も言えず、一刻も早く時間が過ぎるのを待っていたという。

空港の名誉のために言っておくが、私を担当してくれた人はまともなマッサージ師だった。どちらかといえばいいマッサージ師だった。値段も、日本と比べるとずっと安かった。だから、私はどちらかといえば得をした。セックスアピールがないのも時には便利なのだ。

しかし、友人には申し訳ない気分になるし、自分の周囲でそんな冗談みたいな出来事が起きて、一気に不愉快になった。

ベトナムでは運に見放されているのかもしれない。そう考えると、帰りの立ち寄りも期待で来たものではなかった。悪い予感でいっぱいだった。

そして、その予感は見事的中した。

まず、細かい嫌なことがいくつも起きた。ベトナムはiPhoneの海外パケット定額に対応していない国だった。これで、インターネットでいろいろ面白そうな観光プランを調べることはできなくなった。極端に情報量の少ないガイドブックしか頼りになるものはなかった。だがそこには興味の持てる情報はほとんど載っていなかった。

ホテルのチェックアウトは一二時だし、飛行機は夜遅く出る。九時間以上は時間をつぶさなければならなかった。

仕方なく、ホテルの近くにあるレストランに入って、ベトナムらしいものを頼んだ。食事くらいは豪勢にいきたい。

頼みすぎたくらい頼んでからわかったことなのだが、そのレストランの食事は私たちの口には合わなかった。前の晩食べた、PHO24というところのフォーは、すごく好みとまではいえないものの、なんとか食べられた。揚げ春巻きにいたっては美味しかった。

が、今度の店はどう頑張っても食べられなかった。とりわけ生春巻きはすごいことになっていた。

すごくすごく懐かしい味がした。少女の頃何度か口に入れたことのある味だった。

それは、おままごとで作ったごはんによく似ていた。つまり、そのへんに生えている草の匂いと味だった。実際はそうではないのだろうが、それにとても近かった。

一口たりとも飲み込むことはできなかった。

だから、後に私を苦しめたのは生春巻きではなく、謎の魚か、また頼んでみた揚げ春巻きだったに違いない。

レストランを出てもまだ八時間近く、暇な時間が残されていた。通りをうろうろしていても、ショッピングセンターの中にいても、誰かが何かを売りつけてこようとした。買わないと、私にはわからない言葉で文句を言われた。売るもののない人は、先祖代々の恨みでもあるみたいに睨みつけてきた。私はよほどちゃらちゃらした格好をしていたのだろうか?そんなつもりはなかったのに。

人々の視線にびびりながら数時間が経った。突然私の腹は大変なことになった。あまりにも痛くて痛くて歩いてなんていられなかった。

たまたま戦争博物館にいたので大事には至らなかった。暑さによる汗と冷や汗が同時に流れ出るのは初めての体験だった。

博物館の庭には大好きなキャタピラがたくさんあった。目で見て楽しむ余裕はなかったので、急いで写真におさめ、帰ってから楽しむことにした。

本当はキャタピラの近くで、同じ時間を共有したかった。

念願かなってやっと逢えたのに、愛を伝えることすらできなかった。心底無念だ。

本当に運に見放されたベトナム旅行だった。土地にも相性ってあるのかもしれない。私とベトナムの相性はたぶんどうしようもないほど悪いのだろう。
いい思い出が一つもないというのも初めてだもの。

その分フランスはいいことばかりだったのだから、あんまり気に病むこともないよな。きっと。

Wednesday, September 15, 2010

実はいい人な喫煙者


煙草が値上がりするらしい。喫煙者には悪いが、私としては万歳三唱したくなるくらい喜ばしい。

これを機に煙草をやめる人が増えればいいが、私の周囲にはどちらかといえば金に糸目をつけない人が多いので、こちらにかかる負担は今後もそれほど変わりはないだろう。

それにしても、煙草の煙がだめというのは本当に不便だ。なにも好き好んでだめというわけではない。ドクター・ストップがかかっているのだからどうしようもないのだ。このまま顔の前に煙草の煙を吐き出され続けたなら、できかけのポリープは確実に悪化するだろう。そしてそのまま手術→入院というコースをたどることになる。そうなったらそうなったで『ユリシーズ』と『キャプテン翼』を一気に読めるから別にかまわないんだけれどさ。

でもやっぱり余計な出費はおさえたい。

ということは、これからも煙草を吸う人にいちいち事情を説明して、席を交代してもらわなくてはならないのだ。

悪いなあと思ってしまう。だって、煙草を吸からといって悪い人というわけでもないんだもの。いや、むしろ煙草を吸うということは他人と協調しようという意識の強い人なんだと思う。

なぜなら、人がそもそも煙草を吸い始めるきっかけは、美味しそうだからでも、煙草業界に貢献しようとしたからでもなく、単に人にすすめられたからに決まっているからだ。それに、ちょっと不良っぽくてかっこいいな、とも思ったのだろう。

人の誘いをことわらないのは、自分勝手な人間ではないことを意味するし、不良っぽさをかっこいいと思うことは、その人が本来善人であることを意味する。

反対に、吸わないということは、私のような人間である可能性が高いと言えるだろう。

つまり、せっかく人がすすめてくれたものを試してみようともせず、いや、そもそもすすめてくれるような友人が思春期におらず、もともとけしからん人格だから不良に憧れることもなかったということなのだ。

まあ、これだけ禁煙禁煙と騒がれている世の中でいつまでも喫煙者でいる人というのも、協調性があるとは言いがたいが。

となると、かつては喫煙者だったが、世の中の風潮からここ何年かで禁煙主義に鞍替えした人が、もっとも協調性のある人種ということになる。私はそういう人間が好きだ。こちらの都合に合わせてくれる人間が、自分勝手で思いやりのない私の性格に、軽い羨望をこめて好感を持ってくれる人間が。

だが、一緒に行動するのなら煙草を吸わない者同士のほうがいい。

食後の一服に付き合うほど退屈な時間もないからだ。

Monday, September 13, 2010

FASHION’S NIGHT OUT 9.11


あの事件があった九月十一日の夜、私は珍しく夜遊びをしていて、始発が来るまでの間、友達と電話でこんなことを話していた。

「とうとう戦争がきたね」

それから日本は、あの時の私が想像していたようなことにはならなかったが、あまり好ましい展開にもなっていない。

人々はもうずっと「不景気だ、不景気だ」と嘆き、ファッションにも一時より金をかけなくなってしまった。

そんな世界的な風潮を脱却するべく、数年前からこんなイベントがはじまった。

FASHION’S NIGHT OUTだ。

原宿、青山、表参道エリアで多くのファッション関係の店が夜十一時まで開き、各店舗ではちょっとした催しが開かれている。

以前から気になっていたのだが、なかなかタイミングが合わず、私は今回が初参加だった。

有名人がゲストとして登場したり、シャンパンとお菓子が振る舞われたり、プロのカメラマンが買い物客の写真を撮るサービスがあったり。

まあ、これらのことに私はそれほど興味がないが、夜型人間としては普段より遅い営業はありがたい。ついついいつもより買いすぎてしまう。それがこのイベントの狙いなのだ。しかしまんまとひっかかってみるのもたまにはいいだろう。

確かにこの日は、見慣れた街がいつもとは違った様相を見せていた。

とにかく人が多い。とくに外国人とゲイの姿が目立った。H&Mの店内ではアーティストが公開パフォーマンスをしていた。表参道ヒルズの地下にはDJブースができていて、ものすごいミーハーな選曲が大音量で流れていた。ラフォーレでは光るサングラスを配っていたが、残念なことにこれはもらいそびれてしまった。

こういうイベントだから、カメラを持っていてもいつもみたいに怪しい感じがしないのもよかった。

慣れた手つきで被写体に一眼レフを向ける人を見ると(そういう外国人がいっぱいいた)、ああ、この人もブログをやっているのかもな、と思い親近感がわいた。

とにかく混んでいたこのFASHION’S NIGHT OUTだが、不思議なことに人混みもいつもより不快ではなかった。普段の私ならあれだけ人がうじゃうじゃいたら、酸欠になってシンナー中毒者と勘違いされる行動をとっていたはずだ。

なぜだろうと考えてみると、なんとなくこういう風に思った。

その場にいた見知らぬ人々は、私にとって興味のある人たちだった。だから拒絶反応をおこさなかったのだろう。

英語を吸収したいから外国人には興味を持たないわけがないし、日本人もへんてこりんな服装の人が多く、見ているだけでわくわくした。

一人一人に興味があると、群衆は解体され、そこにいる人間は好ましい個人の集団となる。

それに、集まっているのはファッションに興味のある人たちだ。そういう人間に不潔な人は少ない。

人混みが苦手なのには、人間の自然な匂いそのものがあまり好きではないという理由もあるのだ。

とにかく、印象的な九月十一日になった。少しは景気回復に貢献できた思い込めば、無駄遣いも正義になる。

さあ、今週は経済のためにフランスで散財してこよう。