Sunday, August 29, 2010

チャイニーズ・レストラン・シンドロームではなく




上海最終日に襲われた激しい下痢と腹痛、それに伴う吐き気、目眩、頭痛などの症状から、帰国後十日を過ぎた今、やっと解放された。

ものすごく汚い店で小龍包を食べて、約半日後の腹痛だったので、初めは食中毒だと思った。

しかし、食中毒というには症状は軽く、二日目に頭痛と喉の痛み、軽い発熱などがやってきたことから、これが噂のチャイニーズ・レストラン・シンドロームかと思った。

帰国した日などは体中がかゆくてのたうち回ったし、絶対それに間違いないだろうと考えていたが、にしては長く続きすぎた。

一週間経って、さすがに病院に行こうと思ったけれど、旅行後にこんな症状を訴えたら隔離されるに決まっている!と思い、家で安静にしている道を選んだ。こういうやつが病原菌をあちこちにまき散らすんだろうな。

結局何が原因だったんだろう?汚い小龍包店で、大量の小龍包と一緒に得体の知れない菌を食べてしまったのだろうか?

あれだけ汚い店だったのだから、いろいろなものがうようよしていたに違いない。

台ふきんがもう、この世のものとは思えない、恐ろしい代物だった。

元の色は白っぽかったんだろうが、黄ぐすみを通り越して、さらには茶色をも通り越して、ほぼオレンジ色といっていい台ふきんだったもの。

食べかすも台の汚れも埃も何もかも、同じ台ふきんで拭き取って、しかもそれは洗われることも、水につけられることすらなく空のバケツのようなものに掛けられ、次に席を立った人間が汚したテーブルを拭くまでの極めて短い時間、そこで待機することになるのだ。

ものすごい人気店のようだし、いちいち洗っている暇もないのかもしれないが、あれだけ儲かっていそうな店なのだから、何か他に対処法がありそうなものだ。

まあ、地元の人の腹には問題ないのかもしれないが、観光客のやわな腹にはばっちりこたえた。

あの台ふきんが今回の災難の原因の一つだったということは、ほぼ確実なことに思えるが、しかしよくよく考えてみると、そうやらそれだけではなさそうなのだ。

ここからちょっと汚い話になります。

思い起こせば、中華料理を食べた翌日、私はいつだって異様にお通じがよかった。出てくるものの色がやけに鮮やかで、水分を多く含み、匂いもいつもと違っていた。

これは、中華料理以外他のどんな料理を食べても起こらないことだった。

きっと漢方やなんかの影響で、代謝がよくなっているのだと思っていた。いわゆるデトックス効果があるのだと思っていた。喜ぶべきことだと思っていた。

もしそうでなかったとしたら?

お通じがよくなったわけではなくて、単に軽い下痢をしていただけだとしたら?

しかもほかの人は私のようにはならないらしい。中華料理を食べた翌日の便は、いつもと変わらないのだと口を揃える。

そして、私の不思議な症状を打ち明けると、だいたいの人がこんな風に言う。

中華料理が体に合っていなんんだろうね。

それだけは考えたくなかった。認めてしまったらおしまいだと思っていた。

中華料理が好きだった。あれのない人生なんて味気なくって、とてもじゃないけれどやっていられない。

しかし今回の騒動を経て、私の体は中華料理を受け付けなくなってしまった。

麻婆豆腐の匂いがしただけでも、胃の奥からすっぱいものがこみ上げてくるようだった。

ラーメン屋ですら以前とは違う目で見るようになってしまった。

向こうで買ってきた食品はゴミ箱行きだ。もったいないけれど仕方が無い。

一週間以上下痢をしているなんて一見ばかみたいだが、実際体験してみると思いのほか辛いものなのだ。

日本ではいろいろと食べるものがあるからいいとして、年内には行こうと思っているロンドンではどうしたらいいのだろう。

あちらで美味しいものといえば、中華料理かインド料理くらいだと言うではないか。

Friday, August 27, 2010

スピードラーニング

それほど悪くないと聞いたので、ものは試しにとスピードラーニングに手を出してみた。

そう。さんざんCMをしている、ただ聞くだけの英語教材だ。

1、2巻をipodにダウンロードして、移動中や支度をしている時などに聞きはじめて役一週間が経った。まだまだ効果はわからない。ただ、つまらないものではないな、というもが感想。

つっこみどころが満載なのも楽しめるポイントだ。

vol.1では日本に引っ越してきたミラー一家と、ご近所の伊藤さん一家の日常を描いている。

ミラー一家は外国人だから当然だとして、伊藤一家が英語ペラペラのわけはまだ説明されていない。子どももペラペラなのだ。不思議だ。

それに、ミラー一家もたまたま伊藤一家が英語ペラペラだったからよかったものの、本来なら日本に引っ越してきた彼らが日本語を学ばなくてはいけない立場なのに、当然のように英語で話しかける。私だったらあんまりいい気はしないけどなあ。まあ、そんなことを言ってしまったら元も子もないんだけれどさ。

とにかく、この二組の家族の自己紹介シーンから始まる、スピードラーニング内のドラマだが、次のシーンでいきなりぶっとんだ展開をみせる。

朝食で 2〜3ヶ月後。ミラー夫人は、仕事に出かけるミラー氏を見送ります。

「あなた、トーストやコーヒー、もっとどう?」

「いや、いいよ。急がないと仕事に遅れそうだ」

「今日の予定は?」

「お風呂掃除に、お洗濯をして、それから昼食をすませて伊藤さんのお見舞いに行くつもりよ」

は?である。伊藤さん、どうしたんだ?まさか不治の病か?急展開すぎる。いきなりお涙頂戴ドラマになるというのか?

疑問符だらけの私の頭に、スピードラーニングはミラー氏の言葉を通して丁寧に説明してくれる。

「ああ、そうか。階段を踏み外して、背中を痛めたんだってね」

出てきたばかりなのにもう入院だなんて。伊藤夫人、損な役回りである。

しばらく耳を傾けていると、こんなアナウンスが流れる。

「男子高校生の会話」

どう考えてもろくでもないことしか言ってなさそうだ。高校生、しかも男子。わざわざ教材にする価値があるのか?面白そうではあるけれどさ。

しかし彼らは何のことはない、この前観た映画について話をしているのだった。

やっぱりこういう教材に出てくる人間はどこまでも真っ当な善人だ。

そこが面白い。偽善好きにはたまらない。

英語のみのCDと、日本語入りのCDがついているが、私が気に入っているのはだんぜん日本語入りだ。

声優がいい味を出しているからだ。あの、海外ドラマの声優特有の口調、発声、息づかい。気持ちいいくらいのわざとらしさ。健全なインチキ。押し付けがましいリアクション。

すべてが私好みだ。

海外通販や、『ビバリーヒルズ高校白書』が好きな人ならはまること間違いなしだ。

vol.2は旅行の英会話なのだが、こっちは真面目に役に立ちそうだ。

それでも突っ込みどころがないわけでもない。口調は相変わらずだし、極めてリアルなシーンも登場する。

タクシーの運転手が少し多めにチップをもらった時の「Thank you」の言い方が素晴らしいのだ。ものすごく感情がこもっていて、心から嬉しそうなのだ。スピードラーニングの中では一番頻繁に登場するんじゃないかというくらい「Thank you」という言葉が出てくるが、この運転手の「Thank you」は別格だ。

声優の名演に喝采をおくりたい。

スピードラーニングにはCD以外にも、控えめな小冊子がついてくる。

これの写真がまた適当でいい。はっきりいってうまくない。ただ撮っただけといった感じだ。特に風景。白黒なことも手伝って、やけに物悲しい。写真にこんな説明をつけたくなる。


これが一家四人が惨殺された郊外の家だ。平和そのものだったこの街でいったい何が起きたのか?


ここが娘のエミリーちゃんの倒れていた部屋だ。服は着ておらず、全身27カ所が斬りつけられていた。


いかにもそんな感じがしませんか?

いやあ、スピードラーニング、届いてから一週間足らずだというのにずいぶん楽しませてもらっている(本来の目的からそれていたとしても)。

これだけでも十分に元は取れた気がする。このまま続けて多少なりとも英語力が向上したら最高なのだが。

たとえしなかったとしても、噂通り悪くない。

Monday, August 23, 2010

m50



上海には何とも微妙な場所が多かった。
お洒落エリアとして名高い田子坊はいかにも作られた観光地然としていて、まるで仲店通りのようだったし、淮海中路は夜に行ったせいか、クリスマスか『ノルウェイの森』みたいな赤と緑のイルミネーションがとにかくどぎつかったという印象しかない。

だが、アート・スポットm50だけはずば抜けて良かった。全然時間がとれないのならば、ここにだけ行っても全然楽しめるのではないだろうか?というか、ここに行かずしてどこに行く?という感じだ。

それほど不衛生でないし、英語も通じるし、他の場所とは比べ物にならないくらいに人が優しい。上海で落ち着けたのは、こことスターバックスくらいだ。落ち着けない旅もそれなりに楽しいが、一カ所も落ち着ける場所がないというのもしんどい。m50に行って本当によかった。

m50とは、幾十もの画廊が軒を連ねたギャラリー街のことだ。住所がそのまま施設の名前になっているらしい。

日曜の昼間だというのに人気はまばらで、関係者か欧米人観光客ばかり。こういう場所は概して治安がいい。ゲイ・カップルの姿も見かけ、ますますここに親しみがわいた。

ここが格別日本っぽいわけではないのだが、私の日本での行動範囲はどちらかといえば西洋ナイズされている場所が多いので、それによく似た町並みのこのう場所は気合いを入れずに歩けるからいい。私がもし上海に住んでいたら、やっぱりここをよく訪れたことだろう。

最近やっとわかってきた。これまでも薄々感づいていたことだが、やっとはっきりしてきた。旅行を楽しむのは有名所に行ったって意味がない。もしも自分がその街に住んでいたとしたらどこに行くだろうか?買い物は?美術館は?食事は?街歩きは?そうやって考えると答えはおのずと見えてくる。

日本で東京タワーに行くか?国会議事堂に行くか?明治神宮に行くか?つまらない記念館に行くか?浅草にわざわざ観光しに行くか?

いや、行かないだろう。

少し話が脱線してしまったかもしれない。

とにかく私が上海に住んでいたならば、絶対にm50に通うことだろう。

迷路みたいに入り組んだ敷地内には本当に様々なギャラリーが集まっている。可愛らしいギャラリー、グロテスクなギャラリー、ポップなギャラリー、中国とは思えないギャラリーに中国らしいギャラリー、冷房のきいていない蒸し風呂のようなギャラリー、ひんやりと気持ちのいいギャラリー、スタジオ、カフェ、古本屋、ブティック。

洗濯物が干してあったり、ギャラリー内に自転車が置いてあったり、蚊に悩まされたり、アイスコーヒーの氷が品切れだったり、そういう風に、ちょっとずれたところも独特で、あの空間では面白かったりもする。

私なんて全然詳しいわけではないけれど、上海アートの良さはあそこに行ってみてよくわかった。

洗練というのとは違うかもしれないけれど、エネルギッシュで、少し物悲しくて。若々しいのだけれど老人的だったり。どう考えても魅力的だ。

衛生面からみても安心して楽しむことのできる上海の縮図とも言えるかもしれない。

本当におすすめなので、上海に行く機会のある人はぜひ立ち寄ってみてください。

Wednesday, August 18, 2010

異境上海






日本からたった二時間五十分。たったそれだけしかかからないのに、上海は異境だった。

空気が違う。味付けが違う。売っているものが違う。

何より人間が違う。中国人は独特だ。それほど多くの国に行ったわけではないけれど、人だけで言うならば、これまで行ったどこの国よりも上海の人は私から見ると個性的だった。

初めはちょっと怖かった。行きの飛行機のフライトアテンダントの女性はツンデレ喫茶並みに(行ったことないけれど)つんつんしていて、にこりともしなかった。嫌な予感がした。

空港から乗ったタクシーの運転手は、泊まる予定のホテルがそれほど遠くないと聞くと、悪意があるとしか思えない態度をとってきた。

まあ、それ以外の人たちはそれほどはひどくないにしても、快い笑顔を見せてくれる人には、滅多なことじゃ出会えなかった。

誰もが不機嫌で、仕事に対してやる気がなく見えた。

ホテルでもショップでも、平気で何十分も客を待たせるし、ものを置く時はいちいち投げる。聞き返す時に怒鳴る。みんながみんな常に喧嘩腰だ。

そういう態度を続けられると悲しくなってきた。なんでこの人たちはこんなに怒っているのだろう?私はよっぽどまずいことをしたのだろうか?これが人種差別というやつか?それとも単純に見た目がまずいからだろうか?それとも臭いのだろうか?いずれにしても、私にはサービスを受ける資格がないのだろう。
自分の無価値さが身にしみて、この世に生きていることが申し訳なく思えてきた。

もう少しで鬱にまるかもしれない――というところで思い直した。

そういうものなのさ、と。中国人には愛想を振りまく習慣がないのだ、と。

考えてみたら、いくら客商売だからといってむやみやたらににやにやするしなくてもいいはずだ。やる気がなからといってどうだっていうのだ。それでも失業しないのならば別にいいじゃないか。別に愛想を、作り笑いを振りまくのがいいことのわけではないのだし。心では馬鹿にしていながらあえてへこへこするのほうが、かえって相手に失礼かもしれないじゃないか。

とにかく、いかなる理由があるにせよ、他国民である私がとやかく言うものじゃないのだ。

よく言うことだが、それもこれも文化の違い。住むとなるなら話は別だが、どうせこの国にはたった二日ちょいしかいられないのだ。それならばその違いをとことん楽しんだほうが、よっぽど利口だ。

そういう風に考え方を変えたら、ものすごく楽になった。

同時に、彼らのマイペースさがうらやましくなってきた。

本当に中国人というのはマイペースだ。いや、そもそも他人と協調するのにはマイペースでなくてはならないのだろう。ある意味日本人より協調性があるかもしれない。

そして彼らは何事にも率直だ。

怒るときも率直、褒める時も率直。暑かったら裸でうろうろするし、疲れたらどこでも座り込む。すべての人がそうだというのではない。ただ、そういう人がすごく目についた。

コピーにしたって、変に歪曲させず、ストレートにパクる。なんだよ、文句あるか?とでもいうように。商品になるならそれでいいじゃないか。コピー品を見ていると、生産者の声が聞こえてくる。

そういう空間にいると、何が正しくて何が間違っているのかという、これまで自分の中で培われてきた定義がとたんに曖昧になってしまう。

価値観をぶっ壊される快感。これが意外と悪くない。爽快ですらある。

腹さえ丈夫ならまたぶっ壊されに行ってみたいが、残念ながら何かにあたったらしく、この様子ではよほど丈夫にならない限り再訪は難しそうだ。価値観ならいいが、体がぶっ壊されたらかなわない。

いや、今回の食あたりは本気できつい。今だって便器の上でこれを書いている。汚い話だが。

そういえば中国人男性はものすご〜く角刈り率が高い。人間のイラストなんかもちゃんと角刈りになっているのにはおったまげた。

女性はけっこう髭がある。剃らないんだろう。不思議だ。

やっぱり世界は広い。次に行くフランスではどんなカルチャー・ショックを受けるのだろか?





















Saturday, August 14, 2010

上海計画





ちょこっとだけ上海に旅行してくるのだが、何せたった二日間しか向こうを見る時間がないものだから、いったいどうやったら効率よく回れるのか散々思案している。しかしなかなかいいプランが思い浮かばない。

私はあっちで何をしたいのか?あまりよく考えていなかった。

ニューヨークだとか、今度行くパリだとかは一日中だって情報収集していられるのだけれども、上海は近すぎてそれほどまでに調べる気がおきなかった。
まあ何とかなるだろう、と思っていた。

プランを決めない旅もいい。数度目もしくは長期なら。

ニューヨークで学んだのは、無駄は省いたほうがいいということ。持っている人間ならば時には無駄もいいが、持たざる私に無駄は厳禁。もったいない旅は嫌だ。どうせなら充実した旅にしたい。

そんなわけで、昨日くらいから今更プランを練り始めている。なに、今からでも遅くないさ。二日分くらいどうにかなる。

初めは飛行機の中で考えようとも思っていたが、シンクレア・ルイスを読まなければ気持ち悪いので、雲の下にいるうちに決めてしまわなくては。

本当なら「魔都」と呼ばれていた頃のような上海を体感したいが、阿片窟がどこにあるのか(もしくはかつてどこにあったのか)なんていくら考えてもわからないから、今回は雑多と洗練の両極端を味わえればそれでいいことにする。

「アイペッド」のうさんくささににやにやして、こぎれいなセレクトショップと好みのものが多く売っていそうなエリアを二カ所ばかり散策し、美術館かギャラリーで珍しい考えからできた何かを鑑賞し、公園に行ければ満足だ。

日本でいえば、ヨドバシカメラと明治神宮前と代官山とオープニング・セレモニーと国立近代美術館と適当な公園に行くようなもの。

これなら二日あれば十分だ。

北朝鮮レストランというのにも興味があるが、これは時間が許しそうもない。

喜び組予備軍のショータイムを見たかったのにな。

あああ、こうしている場合ではない。夜のプランも考えなくては。

時間さえあればなあ。

Wednesday, August 11, 2010

ああ困った



声帯ポリープが出来かけている。とりあえずは一、二ヶ月の間様子をみるとのことだが、このまま悪化したら手術が必要だということだ。

まったくろくなことがない人生だ。もういい加減嫌になる。

手術が嫌なわけではない。ちょっと興味なくもない。入院はむしろしてみたい。いかなる罪悪感にも苛まれずに思う存分読書ができるんだから。それって最高じゃないか。

しかし、入院も手術もただでできるわけではないし、入院してしまったらその間は働くことができない。退院後もしばらくは働けないかもしれないのだ。

それだけは困る。私にだって生活がある。幸いお金のかかる趣味は持っていないが――いや、旅行があったじゃないか!よりにもよって旅行を趣味にしてしまうなんて、私も面倒な人間に成長してしまったものだ。

とにかく今できることといったら、なるべくのどに負担をかけない生活をすることだ。

飲酒、喫煙、辛いものは控える。奇声を発さない。歌わない。リラックスした声で話す。胃酸が出ないよう気をつける。横を向いて眠らない。等々。

なーんだ、簡単じゃん、と思われるかもしれないが、これが意外と難しい。

飲酒はもともとしないからいい。ここはクリアだ。喫煙もしない。しかし、私は極端に喫煙する人の多い環境で働いている。これはどうにもならない。退職したら手術代を稼げない。

これまでだったら真横の人の煙草の煙が顔面を通過していっても、頭の中でこっそりガラスをぶち割ったり、他人を思い切り殴りつけたりして、それなりにストレスを発散するだけでよかった。

煙はただ極めて不快なだけだった。が、これからはそうはいかない。

自分の状況をいちいち説明して、席を替わってもらわなければならないのだ。

説明するということは話すということ。つまり余計に喉を使うことになる。

辛いものは大好きだけれど、控えことはやむを得ない。奇声を発さない。これは本当に気をつけます。特技の「古いドアが閉まる音」を披露するのは当分の間控えます。山鳩の真似もしません。

リラックスした声で話す、胃酸が出ないようにする。これらは胃薬と習慣付けをすることでどうにか守ってみせます。

だが、横向きで眠らない。歌わない。この二つを守るのは本当に辛い。

本を読みながらでないと私は眠れない。仰向けで本を読むと手が痛くて眠気が吹っ飛んでしまう。ここは本をとった。眠気が手の痛みを麻痺させるまで読み続け、眠りに落ちそうになったら意識のあるうちに本を置くことで、どうにかここ二日間は乗り切ってきた。

ちっとも大丈夫じゃない。腕がひどくだるい。

そして極めつけは、これから一ヶ月以上歌えないという試練だ。これは思いのほか大変そうだ。

いくら気をつけていてもどうしても無意識のうちに歌ってしまうのだ。

歌えないとなると、音楽を聴くのがとたんにつまらなくなる。私はカラオケで歌えそうな曲を重点的に聴くほうなのだ。歌えない曲にはそもそもあまり興味がない。

が、歌えたとしてもここのところ裏声が全然出ない。割れたような不気味な声しか出ないのだ。それで病院に行ってみたくらいなのだから。

裏声が出ないって本当にイライラする。いや、落ち込む。

変声期の少年合唱団員のような気分だ。

耐えるしかない。炎症が治まったら好きなだけカラオケで歌おう。

しかし、前々から興味のあったトランペットを習うにはいい機会かもしれない。昔から私はポリープができたらトランペットを習おうと思っていた。

息を音にするという意味では歌に似ていなくもないからだ。

でも、それにも金がかかりそうだよな……。






Monday, August 9, 2010

なったらいいのにな。



初めはオルセー展にだけ行くつもりだったのだが、夏休み+週末でひどく混んでいた。今入れば三十分は待つが、閉館が近づくとすんなり入場できると聞いたので、同時開催されていたマン・レイ展で時間をつぶすことにした。

こんな行列に並べなんて、死ねと言っているようなものだ。




そんなわけで、ついでのつもりで行ったマン・レイ展だったが、オルセー展にも負けないくらい充実した内容だった。

小一時間のつもりが、ついつい長居してしまった。

空いていたのがどうしても納得できない。しかし、空いているからこそ楽しめたことも確かだ。

ぜひ行ってみてください。


とにもかくにも、シュルレアリズムの良さを再確認できたわけだ。行ってよかった。

私はどういうわけかシュルレアリズムに明るいと思われることが多い。しかし実際には子ども程度の知識しか持っておらず、とてもじゃないけれど人様に話せて聞かせることなんてできない。これから勉強する身なのだから。

マン・レイのこともフォトグラファーとしか思っていなかった。あれほど多彩な人だったとは。





でもさ、やっぱり美術館って面白いよな。

できれば毎週行きたいわよ。

しかしそんな時間もないのが悲しい。私はものすごく夜型の人間だから、午後六時に閉館してしまう場所なんかにそうしょっちゅう行けるはずもない。

その点六本木アートナイトはよかった。しょっちゅうああいうイベントを開催してくれればいいのに。

昼間よりも夜に観るほうが、そのアート作品の深いところまで興味を持てるんだもの。きっと脳が活性化しているせいなのだろう。午前二時を過ぎた頃、私の頭は一番冴え渡るのだ(冴え渡ると言っても、理解力が増すというよりも、より興味がわくくらいの話なのだが)。美術館が二十四時間営業になってくれたらどれだけ助かるだろうか!

人件費やセキュリティ面でだめなんだろうけれどさ。となると、美術館というよりも小規模なギャラリーだよな。それほど値段の高くない駆け出しのアーティストの作品ばかり置いて。あまり値の張るものだと酔っぱらいが悪さをした時に困るから。でも、酔っぱらいの中には気前の良くなっている人だって少なくはないだろうから、展示作品をぽんと買ったりするかもしれない。昼間より売れる可能性も見えてきた。
そりゃあ来場者は少ないかもしれないが、財布のひもが緩んだ人がたまにでも来ればやっていけなくはないんじゃないか?

ギャラリーとは言っても入場料は取ったほうがいい。営業は朝五時までで、中にはちょっとしたカフェ、もしくはバーがある。

始発を待つついでにアートに触れるのも良し、遊んだ帰りにほろ酔い気分で作品を見るのもたまにはいいと思う。また違って見えるかもしれないんだし。あ、泥酔している人の入場はもちろんお断りだけれど。

六本木ならそういうものの好きそうな外国人も、そっちのほうの業界人も多そうだし、何より私にとってはありがたい。青山ブックセンターの並びにあると最高だ(場所代高そうだよな)。

チャラチャラしたお兄ちゃんお姉ちゃんも場所柄いっぱいいるだろうから、そういう人たちが美術に興味を持つきっかけにもなるかもしれない。

「始発まで時間あるよね〜。どうしようか?漫画喫茶行く?カラオケにする?それとも絵でも見ていこうか」

こういうふうに選択できる世の中になったらちょっと素敵だと思うんだけどなあ。難しいんだろうな……。