Saturday, July 31, 2010

猫のいる書店


ニューヨークには、猫のいる書店が多かった。

個人経営の古本屋だけではなく、それなりに広い書店でも、彼らは気持ち良さそうに寝転がっていた。

もう、鉄棒にくくりつけて「豚の丸焼き」のポーズをさせたいくらい可愛かった。私は可愛い生き物を見るとあのポーズをとらせたくてたまらなくなるのだ。

思えば最近猫派になってきたかもしれない。ずっとずっと犬派だったのに。

これまでだって猫が嫌いだったわけではない。相当好きなほうだったと思う。だが、飼いたいと思ったことはなかった。昔は家にアレルギーの人間がいたため、どれだけ願っても飼えないし、今は壁紙のためを思うと猫のいる生活を夢見ることさえ罪な気がする。そして何より、死に目にあえなさそうなところが恐ろしい。猫というやつは自らの死期を悟ると勝手にどこかに行ってしまい、もう二度と帰ってこないのだ、とこれまで何十人もの愛猫家から聞かされてきた。

人間の身勝手なのはわかっているが、同居人が天命をまっとうした時は、きちんと見送ってやりたいし、形式的な処理をあれこれすることで、自分に区切りをつけたい。

ある日突然飼い猫がいなくなったら、10年経っても20年経っても、どこかで生きているかもしれないと無意味な希望を抱いてしまうだろう。

右足から階段を上り続けている限り、うちの猫は何事もなかったように帰ってくるかもしれない。もう寿命が尽きているって?そんなこと関係ない。世界には一匹くらい30年も40年も生きる特異体質の猫がいるかもしれないではないか。うちの猫がそれかもしれないじゃないか!

いい年になるまで、もしかしたら一生そんな風に思い続けなくてはならないかもしれない。

そんなの絶対にしんどい。

その点犬なら私の家で死んでくれるだろうから、いなくなってからのからの精神的負担が少ないように思える。壁だってぼろぼろにしないし、散歩でおしっこをしてくれるからトイレと同じ部屋で物を食べる屈辱を味わわないで済む。

だから私は犬派だった。猫を飼いたいとは思わなかった。

しかし、こうやって本といっしょに眠る猫を見ていると、長年の主義を変えなくてはならないような気もしてくる。

我が家の山積みの本の上に猫が寝そべっていたら、どれほど私は幸福だろうか。ぐっと性格がよくなるような予感さえする。

それにしても猫というやつは本のそばにいるのがよく似合う。書店にいるのがとんでもなく似合う。

猫にはあまり社交的なイメージはない。しょっちゅう書店にくる客にも、店のおやじにも、社交的なイメージはない。

読書好きには、一人の時間が好きで、ほどよい他人行儀を心地よく思える人間が圧倒的に多いだろうから、たいていのことには無関心な猫とは相性がいいのだと思う。だから書店にもあれほどまでに馴染んでしまうのだろう。

あくまでも私の憶測だけれどさ。

しかし、社交的な愛猫家って「なんだか違う」って思うんだよな。そんなこともないのかしら?














Thursday, July 29, 2010

唇毛の貴婦人


たまらなくロシアに行ってみたいので、ロシア関係の話をしようと思う。

まあ、いつもながらくだらないことなんですが。

私がロシアに行きたいのは、ロシア文学がわりと好きなことも少なからず影響している。定番中の定番、『戦争と平和』は、少女漫画にありそうなストーリー、それにそれぞれ魅力的な人物像がなんとも言えず好みだ。べルばらを好きな人間がどうしてあの作品を嫌いになれよう(うちの母親は長いしつまらないし人物名がややこしいから大嫌いだと言うが)。

しかし、読んでいて変に思ったことがある。気になって、気になって、悶々としてその日は眠れなかったほどに。

準主人公(?)アンドレイ公爵の夫人、通称「小柄な公爵夫人」は、小説を読む限り、ものすごく変な人だ。

彼女、一応は美人ということになっている。絶世の美女エレンには及ばないが、たぶん日本人男性からはこの公爵夫人のほうが受けがいいんじゃないかと思われる、どちらかというと親しみやすそうな美人だ。

表情や仕草、ぽちゃっとした体つき、何より明るくて屈託の無い(のを装うのが得意な)正確が、極上とはいえない彼女の外見までも社交界一魅力的に見せている。

しかしその小柄な公爵夫人、どういうわけか髭面である。

正確には柔毛におおわれた上唇を持っているのだが……。それでもやっぱりおかしいと思う。

唇には毛が生えようもないから、きっと鼻の下か、唇のまわりの毛が唇のエッジ部分にも少しかかっているのだろう。訳者の都合で「唇」と訳してあるが、きっとそうなのだと思う。

だがそれにしても、唇(もしくはそのすぐ上)に毛が存在感たっぷりに生え茂っている女っていかがなものだろう?

いくら産毛と言っても、繰り返し描写されているくらいだから相当目立つ毛なのだろう。果たしてそんな貴婦人を美人だと、魅力的だと呼んでいいのか?

わからない。どうしてもわからない。私が現代に生きる日本人だからだろうか?

毛がセクシーだと言われることはこれまでにもあった。

バブル時代の眉毛はぼうぼうだし、脇毛部門ではかの有名な黒木香さんがいらっしゃる。フリーだ・カーロの絵なんて眉毛と眉毛の間がはっきりとつながっている。

一八〇〇年代初めのロシアでは女性の口ひげがセクシーだったのだろうか?

それとも作者が個人的にフェチだったのか?

はたまた、小柄な公爵夫人は妊娠している設定なので、ホルモンバランスが崩れて毛深くなっているのだろうか?そして、それを強調したほうが母性的な女性として描けると考えたのか?単にその時代には剃刀なんてものがなく、いくらぼうぼうでもどうにもならなったのか?

考えれば考えるほどわからない。頭がこんがらがってくる。

小柄な伯爵夫人は薄幸な女性で、悲運の最期をとげるのだが、髭面を想像してしまうと、申し訳ないのだがちっとも気の毒に思えない。

夫との不仲も毛が原因のように思えてならない。

いくら産毛でも、私は手入れを怠らないことにしよう。

Wednesday, July 28, 2010

画像とは関係ないのですが……










ある特定の日に浴衣姿の女の子を見ると、「なんて偉いんだろう」とつくづく感心してしまう。
このくそ熱いのに、鼻がてかろうがかまわずに、うなじの汗はアクセサリーよとも言わんばかり人々の情緒にうったえかけるような格好をして殺風景な駅構内なんかを華々しくするサービス精神に、あんなにも動きにくそうなもので電車に乗ったりできる行動力に、そしてこれから花火大会に行くという事実に。

嫌みを言っているわけではなく本当に感心しているのだ。

去年は私にとってチャレンジの年だったので、花火大会にも二度ほど行った。むろんそんなことはこれまでなかった。

目新しいものを見るのはそれなりに新鮮だったし、どれも大差ない(といっちゃあ職人に失礼というものだが)アフロヘアを筆頭にいちいち凝った名前がついていることが面白かった。真剣にあの名前を考えたのか?と思うとぞくぞくしたものだ。

それはちょっとした日本観光だった。自分が人間としてすごくまっとうなことをしているようで嬉しかった。

見た場所がよかったのかもしれない。運のいいことに二回ともそれほど人でごった返していない食べ物屋で見ることができたのだから。

しかし、そこに行き着くまでは恐怖のあまりに吐き気がした。なんという人の多さだろう!この誰もが花火を見るために集まっているのだ。

とくにどこかに座れるわけでもなく、ただ見たい、なにがなんでも見たい、という体力のある人たちが大半なのだろう。もしも自分もそうやって見ないといけないとしたら、道ばただとか河原だとか、そういう場所から見るとしたら。

ああ!恐ろしい!

そしてカップルの多いこと!勇敢なる女性陣は先ほども申し上げた通り、その有り余るサービス精神などから着慣れぬ浴衣を着ているものだがら、歩くのが遅いのなんのって。

「普段は洋風の生活だからな。今日くらいは和風でいなければ」とでも思っているのかもしれないが、人の多いところではもっと動きやすい格好をしたほうがずっと楽しめるだろうに。

それか、会場の近くだとかで浴衣に着替えるわけにはいかなかったのか?駅のトイレではそこまでびっっちり着付けができないかもしれないが、浴衣で移動する労力を惜しまないのなら、たいていの場所で着付けをできるように練習することも惜しまないのではないか?彼女たちならできる。きっとできる。

某ロック歌手のコンサート開催日は、会場近くのコインロッカーが、ごく普通の会社員の着る地味なスーツで埋まるそうだ。みんな白いスーツに着替えるのだとか。

そこまでやってくれたら心底尊敬するのに。

余計なお世話かもしれないけれどさ。




感心する、などと言っておきながら虫が好かなかったのね。私ったら。

まあ、それはともかくとして、打ち上げ花火もいいけれど、私としてはみんなにもっと地味な花火を楽しんでほしいものだ。コンビニで売っている花火セットに入っているようなものをさ。

手で持つオーソドックスな花火でアスファルトに卑猥なことを書いたり、ヘビ花火(うんこ花火とも呼ばれているが)を「ばかばかしいものを考えついたなあ」とあざ笑いながらも、内心ものすごく面白がって眺めてみたり。

一度に数本火をつけて、ふぐ刺しを何枚か一気に食べるようなささやかな贅沢を楽しんだり。

こういう地味な花火には容易に人を誘えない。たいていの人が嫌がるに決まっている。

でも、怪しい事このうえないが、一人で近所の目を盗んでやるのが楽しかったりもするんだよな。

Monday, July 26, 2010

グレートネック2 象のいる庭


キングスポイントの公園で私が見ていたのは、イースト・エッグのモデルとなったポートワシントンではなかった。

ものすごく悔しかった。何が何でもイースト・エッグから対岸のウエスト・エッグを見たかった。グーグルアースではだめだった。この目で見なくてはだめだった。

そんなわけで私は翌日も昨日と同じ駅に「通勤」した。

小説の舞台を訪ねたい——そんなものは言い訳にすぎないのかもしれない。私はすっかりグレートネックが気に入ってしまったのだ。

目当てはこの「ギャツビーレーン」の先、地図にはない場所だ。


タクシーから見える景色は、途中までは昨日と同じだったが、ある場所からはまったく違っていた。建ち並ぶ家々は昨日見たような「海辺の家」ではない。絵に描いたような豪邸がわんさかある、いわゆる高級住宅地。期待に胸が高鳴った。

しばらくすると目的地に着いた。しかし、ギャツビーレーンのその先は完全に私有地で、勝手に入ることは許されなかった。

庭の向こうに海があるのはなんとなく見える。だが、対岸のポートワシントンまでは視界に入らない。

「ああ、もう、なんで見えないのさ!」私はいきり立った。「せっかくここまできたのに!」

この場面には見覚えがある。なんだっただろう?

そうだ、まる子だ。彼女は『私の好きな歌』でイラストレーターのお姉さんの結婚式を、わざわざ腹痛を装い学校を抜け出してまで見に来たのに、結婚式場には招待客以外入れなかったのだ。

しかし彼女は諦めなかった。ジャングルジムによじ上り、ついにお姉さんを見つけたのだ。

「そんな都合いいことがあるもんか」と思っていた。グレートネックでもそう思った。しかしそれから数秒後、人生というのは、時にフィクション以上に都合のいいものなのだと思い知らされることとなった。

その豪邸の脇には、細い空き地があったのだ。今考えるとあれもまた私有地だったのかもしれない。だとしたら私は最低の掟破りだ。しかしあの時は天から幸運が降って湧いたとしか思えなかった。

生い茂る木をかき分けて、夢中で空き地に入っていった。

そこで見たのがこんな景色だ。





ほぼ想像通りだった。本当を言えば、もっともっと豪華な豪邸だったら申し分なかったのだが、そんなことは言っていられない。これで十分だ。わざわざ来たかいがあったよ。

対岸にどんな豪邸があるのかまではわからなかったが、


だからこそ余計に想像をかき立てられた。

帰りに、今回私が二日も続けてグレートネックまで来させられる原因となった物語の生みの親、スコット・フッツジェラルドがかつて住んだと言われている(そう誰かのブログで読んだのだ)住所に寄ってみた。




どうやらここらしい。だが、どうもよくわからなかった。証拠もゆかりのものも何一つないし、辺りを見渡してみてもあまり華々しい場所とはいえない。

それらしい家はない。チェルシー・ホテルに続くがっかりだ。

と、思った矢先、変わったものが視界に飛び込んできた。




ごく普通の家の庭先に、なぜか象が……。

もちろん偽物だが、それにしてもリアルな象だ。ところどころ色が剥がれかけてきてはいるが、以前はさぞ本物らしい象だったことだろう。

しかし何のために?

しばし立ち止まって考え、ある一つの結論にたどり着いた。

初めは普通の、つまり象なんかない家だったに違いない。だが、有名作家が住んだと言われている住所だから、世界中から私のような観光客がここに訪れたではないだろうか。その度に彼らは「なんだか普通すぎてがっかりした」などとこぼしていったことだろう。

家主は悔しかっただろうに!せっかく建てた家を見ず知らずの他人に「がっかりした」と言われるなんて私には耐えられない。

そこで彼は観光客の度肝を抜くような、ちょっとした悪戯を考えついた。

ごく普通の家だからできる悪戯だ。すごい豪邸や公園だったら、私だって象があってもこれほど驚きはしなかった。

この家主、なかなかやるよなと思う。センスのある人だ。観光客をがっかりさせないサービス精神のある人だ。

まあ、なにもかも私の勝手な憶測に過ぎない。が、私にはそう思えてならないのだ。

いずれにしても珍しいものを見る事ができてよかったと思う。フィッツジェラルドの記念碑なんかがあるよりずっと面白かった。

グレートネックはいいところです。皆さんもニューヨークに行く際はぜひとも訪れてくださいな。




Tuesday, July 20, 2010

グレートネックに行ってみたものの





 ステーキを食べるだけのために行ったグレートネックだったが、私はすぐに郊外のあの小さな町に夢中になってしまった。

ペン・ステーションからポートワシントン行きのロング・アイランド鉄道で三十分弱。グレートネックへはごく簡単に行ける。

調べたところによると、ユダヤ系の多いこの町だが日本人駐在員も少なくはないらしく、駅では見るからに日本人のビジネスマンの姿を見かけた。

ニューヨークに来てから初めて見る、観光客以外のはっきりそれとわかる日本人だ。お洒落でもなんでもない中年男性だった。別に積極的にニューヨーク生活を送っているのではないような空気が漂っていた。つまり彼は全然見た目麗しくもなく、どりらかといえばつまらなそうにしていたのだが、それでも私にグレートネックを親しみやすい町さと洗脳させるには十分だった。

駅の佇まいからして、どこか原宿駅風で懐かしさをおぼえた。駅前はいい具合にださくて、成城学園前程度に庶民的だった。

古そうなレストラン、おばさん向けの衣料品店、なんだかよくわからない雑貨屋、どぎつい色合いのケーキ屋。商店街と言っていいだろう。そうそう、寿司屋もあったな。

私は日本でも商店街のない街には住めないと考えているので、グレートネックは「住みたい場所」の条件を満たしていた。

アッパー・ウエストサイドも、アッパー・イーストサイドも、ブルックリンも、街としては本当に気に入った。また行きたい。何度でも行きたい。

が、住むとなるとどうもリアリティがないのだ。

滞在するにはいい。しかし住むには何でもありすぎる。

グレートネックは「ここに住んだらどうしよう」とリアルに妄想ができる貴重な町だ。

絶対に免許は取って、図書館に通って、たまにあまり美味しくないであろう寿司を食べて、自転車で海を見に行くんだ。

まあとにかく、グレートネック駅に降り立ったわけだが、驚いたことにイエロー・キャブが一台もいない。ニューヨークならどこに行ってもタクシーは黄色いだろう、と思っていたので少々びびった。

ぼられることを覚悟で白タクに乗って、ピータールーガーの住所を告げた。

十分弱走って、だいたい七ドルだとか八ドルくらいで目当ての店についた。愛想のいい女性運転手はぼったくりではなかった。



ニューヨークのステーキハウスに女一人でなんて行くもんじゃない。とても食べられない量を出されるうえに、嫌な顔をされる。

そんな風に聞いていたものだがら、あの感じの良さにはびっくりするどころか、ちょっぴり拍子抜けしたくらいだった。

たいていの日本のレストランよりずっと気持ちのいい接客をしてくれるし、店内もきれい。平日の昼間だというのに年配のご夫婦なんかで店内はそれなりに活気があった。

とんでもなく大きいものが出てくると思ったが、それも大間違いで、小さめのステーキだってちゃんとあった。



そしてその味といったら!

ぱっと見はこげているようにも見えたが、そう見えるだけで、いわゆる「外はこんがり、中はジューシー」というやつで、なんと説明すればいいんだろう?焼いてある部分に味付けもされていて、単に焼いているからだけではなくて、調味料がまぶしてあるからそれで面白い歯ごたえがあるというか。

その歯ごたえは今まで食べた牛肉にはなかったから、最上の鶏肉を思わせた。焼いた鶏肉の旨味というのは皮の部分のぱりっとした香ばしさが決めてだと思うのだが、その旨味がピータールーガーのステーキにはあるのだ。

牛肉だから皮なんてついていない。しかし、焼き方と調味料のまぶし方で、あたかも香ばしい皮が一枚ついているかのような食感になるのだ。

外がぱりっとしているから、内側を噛み締めた時の柔らかさ、みずみずしさが一層際立つというわけ。

ウエイターのいい人っぷりも相当なもので、焼き加減は大丈夫ですか?量は多くないですか?と何度も声をかけてくれたのが印象的だ。

上機嫌でピータールーガーを後にした私だが、せっかくフラッパーにこれだけ凝っている今、ウエスト・エッグのモデルとなったグレート・ネックにいるのだから、海の向こうのイースト・エッグ、つまりポートワシントンを眺めないと帰れないと思い、海沿いにあるステッピング・ストーンズ・パークまでタクシーを飛ばした。


「ああデイジー、あんな男とは早く別れてくれ」なんて心の中で思いながら、私は成金実業家になりきって向こう側を眺めた。宝塚の男役にでもなった気分だった。


周りには家も多くて、それらをぶらぶら見て回ったりもした。


こんな風に海が見える家というのもいくつかあったわけなのだが、どうも豪邸らしい豪邸が見当たらない。

いかにも海の近くの家という感じで素敵は素敵なのだが、これじゃあイメージと違う。

1920年代と今ではずいぶん変わってしまったんだろう、と思いながら、グレートネックを後にしたのだが、ホテルに戻ってみて私は重大な間違いを犯していた事に気がついた。

私が見ていたのはポートワシントンではなく、シティー島、ハート島、もしくはブロンクスの辺りだったのだ!

ギャツビーがデイジーと上流階級への憧れを抱きつつ、夜な夜な向こう側を眺めていたのはあの辺りではなかった。これで公園の周りにあったあまり高級そうでない家のことも説明がつく。小説の舞台となった高級住宅地はあの辺りではなかったのだ。

よくよく調べてみると、「ギャツビー・レーン」なる道がある。こっちに行かなくてはだめだったんだ。


何が男役気分だ!フラッパーだ!

こんな初歩的なミスを犯すなんて最低だ!

せっかくニューヨークにいるのだ。明日もまだニューヨークにいるのだ。

翌日も私がロングアイランド鉄道ポートアイランド行き列車に乗ったことは言うまでもない。

Saturday, July 17, 2010

スイカおんち


旅先で財布を無くし、出てはきたものの家に届くまでスイカなしで過ごさなければならないのはあまりにも不便だったので、もう一枚スイカを作った。

これで少なくとも5枚のスイカが八畳一間にあることになる。しかも、どのカードにも小額ずつ残っている。ああ、もったいない。

なんでこんなにスイカばかり持っているかというと、私があのカードを使いこなすのが極端に下手だとしか言いようがないのだが、まったくなさけない話である。

数ヶ月に一回、突然自動改札機にひっかかり、「このカードは使えません」みたいな表示があり、そこで駅員に持って行くとだいたい嫌な顔をされるから、だったら新しく買い直そう、といつも無駄金を払うはめになるのだ。

スムーズに自動改札機を通れないほど決まりの悪いものも少ない。とくに通勤ラッシュの時なんて、あの忌まわしい機械に足止めをくらう私を急がしそうな人々は堂々と睨み、舌打ちし、あげくの果てには鞄でひと叩きしてから通り過ぎる。

私はひどくいらだち、同時にものすごく急いでいる、見知らぬ誰かの人生を私がもたもたしているせいで狂わせてしまったらどうしようと心配になる。

こんな思いをしていて、当然気持ちがいいわけではない。できれば二度とこんな目には遭いたくない。

しかし、どうやったらいつもスムーズに自動改札機を通り抜けることができるんだろう?他の人たちはどうしてあんなに苦労もなくすいすいと通れるんだ?

もたもたとひっかかるのはだいたいが老人で、私くらいの年齢の人間はそれこそ自分の物であるかのようにあの機械を自由自在に使いこなしているように見える。

そりゃあ、めったに電車なんか乗らない恵まれた生活をしている方ならば、私と同じようにしょっちゅうひっかかっているのかもしれない。だが、私はほぼ毎日スイカで電車に乗っているのだ。なのにどうしてなんだ?

私だってできるだけ気をつけている。他の人みたいに財布も出さないで、鞄を直に「ピッ」とだなんて、あんなセンサーの反応率が悪そうなことは断じてやらない。財布ごしのタッチだってやらないように気をつけている。だって、いつカードが裏返しになるかわからないじゃないか。

必ずいちいち財布から出して、ゆっくりと正確に、ずれないように気をつけながら、きわめて慎重にタッチするようにしている。

それなのにひっかかってしまうのだ。

なくしたらもったいないからと、いつも1000円しかチャージしないものだから、残金が足りなくなってひっかかる場合も多い。それは私が悪いのだから文句を言う気はない。

しかしおかしいことに、一度は残金が極端に少なく表示されるのに、もう一度打ち直すと1000円近く余っていることだって一度と言わずあるのだ。

あれは誰のスイカにでも起こりうることなんだろうか?

いや、あまり聞いたことがない。

きっと私はスイカと相性が悪いのだ。そういえばなんとなくあれを信用していないようなところもある。向こうにもあまり良く思われていないんだろう。

が、いくら相性が悪くてもあれとの縁を切る訳にはいかないのだ。

タクシーで移動する金銭的余裕も、バスで移動する時間的余裕も私にはない。
かといって切符派に戻るのはもっと嫌だ。あれのせいで私はどのくらいの金と時間を無駄にしてきたことか。

とにかくまあ、乗り物に乗るというのは、移動するというのは、何にせよ大変なことなんだ。運転したってそうだ。いや、もっと大変かもしれない。


そういえばさっき、やっと財布が戻ってきたのだが、日本円にすると三万円ぐらいの現金はきれいさっぱり抜き取られていた。

バーのカウンターに置き忘れて、ホテルの人に保管してもらっていたはずなのに。

ああ、ろくなことないや。

Sunday, July 11, 2010

がっかりニューヨーク

いくらあれほど素晴らしかったニューヨークでも、全部が全部完璧にいいことばかりというわけにもいかなかった。

がっかりしたことも嫌になったこともそれなりにあった。

財布を忘れたことについては後に話すとして、今回はブロードウェイでの散々な出来事をお話しようと思う。

ニューヨークのエンターテインメントといえば、なんといってもブロードウェイのミュージカルだ。
誰もがわかっていることだし、私だって当然そう思っていたから、後ろのほうの席になるよりは、と日本から高い手数料を払ってチケットを取ったのだ。

予約した演目は映画で何回も見ているから英語がわからなくたって問題のなさそうな『ウエストサイド・ストーリー』と、舞台装置が派手で人気だという『WICKED』の二作品。

私は映画のミュージカルなんかは大好きだし、宝塚でも十分楽しめたので、本場のミュージカルなんか観た日には、感激しすぎてマニアになってしまうんじゃないかと恐ろしかったほどだ。あんな高い物をしょっちゅう観るようになったら食うのも困る生活をおくらなければならなくなる。

そんなわけでちょっとびくびくしながら、それ以上に楽しみで「トゥナ〜イト♪」なんて鼻歌をうたいながら会場に向かった。

看板なんてもう想像通りで、席だって満員で、最高の出来事が待っているとしか思えなかった。





が、会場入りして5分もするなり、「あれ?なんか寒いな」と思いはじめ、20分も経ったころには十一月の朝、半裸で外をうろうろしているかのようだった。
だが、上着を羽織れば安心だろうと思った。こんなこともあろうかと、上着とストールを用意してきたのだ。




それをこんな風に着込み、不審者に見えなくもない状態で観劇スタート。

しょっぱなから日本人の舞台役者(の中の多くの人)とは比べ物にならない完成度の高いダンスと、本格的な歌唱力に期待通り圧倒されてしまった。

が、楽しい予感が当たったと思えたのはそこまで。そこからさきは地獄、いや、気分は南極。シートも体もひんやり冷たい。それでもまだ足りんと言うばかりに冷房がきいてくるのだからたまったもんじゃない。

寒そうに身を縮めている人もいたが、大半の現地人だか観光客だが、いわゆる外人と私たちが思うような方々は平気な顔をして、役者の飛ばすジョークにげらげら笑っている。

私よりずっと痩せている人だって少なくはなかったのに、そういう人でもキャミソール一枚
で平然としている。

この人たちの体はいったいどういう風にできているのだろう?

パーカーとストールではもう耐えられなくなった私は、休憩時間の20分弱で近所のフォーエバー21で薄手のカーディガン2枚と変なスカートらしきものを買ってきて、さらに重ね着してみたのだが、気のせいかさっきより寒くなっている。

カーディガン2枚にパーカー、首には変なスカートらしきものを無理矢理巻きつけ、ストールを布団でも被るみたいに顔の半分くらいまで上げた。それでも脚が寒くて気が変になりそうだった。

だからもう最終手段を使うしかないところまで追い込まれ、もらったばかりのパンフレットやら持っていた地図なんかの紙類を破って、体のいたるところに置いたり巻いたりした。

風を通さないからなのか、紙は布以上に暖かかった。そのおかげで私は路上生活者が段ボールハウスに住む理由を、身を持って理解することができた。

しかし毎年大勢の路上生活者が凍え死ぬように、その場しのぎで暖をとったって所詮は限界というものがあり、他の観客たちのように舞台を楽しめる余裕は最後までやってこなかった。

おまけに帰りのタクシーが捕まらず、一刻も早くホテルに帰って休みたいがために、たった3分間乗っただけで20ドルもする自転車タクシーで、通行人にじろじろ見られながら帰る
はめになった。







初日で懲りた私は、翌日の『WICKED』にはさらなる重装備で向かったのだが、それでも凍えそうなことには変わりなかった。

『ウエストサイド・ストーリー』より人が多いせいか、冷房も昨日以上にきいていたのだ。









いや、たしかに評判通りのすごい舞台装置だ。役者の実力も音響だって超一流。えらい盛り上がりようだった。



しかし私は一人早く時が過ぎるのを待っていた。激しく後悔していた。来なきゃよかった。もしくはダウンコートでも持ってくれば良かったんだ。

内容なんてほとんど頭に入らなかった。そりゃ英語だってわからないが、あらすじだって知っていたし、あれだけのレベルのものを見せられたのだからもっと熱中しなければいけない。それなのに、ブロードウェイでの舞台鑑賞は、今回の旅の一番悲惨な思い出となった。

期待はずれもいいとこだよ。まあ、私が悪いんだけれども。







期待はずれといえばもう一つ。

松田聖子さんの名曲で『チェルシー・ホテルのコーヒー・ハウス』というものがある。私はあの歌がすっとずっと大好きで、ニューヨークに行ったら絶対にあのチェルシー・ホテルの喫茶店に入ってカフェオレを飲むと決めていたのだ。もちろんあの曲を聴きながら。

しかし、チェルシー・ホテルにはコーヒー・ハウスなんかはないというのだ。

ホテルマンに騙された気もしなくはないが、探しまわる勇気もなかった。

夢やぶれるニューヨーク。そういうこともあるさ。


Tuesday, July 6, 2010

ニューヨーク・ニューヨーク





最高だった!本当に本当に、ニューヨークは例えようもないくらいに最高だった!

私は状況の経験がないのでこれまでこんな感動は知らなかった、それってすごく損なことだったんだ。きっと初めて東京に出てきた人はもっと色鮮やかな感動に出会えるんだろう。何せその日からそこで暮らすのだ。羨ましいにもほどがある。
私の場合、ニューヨークには単なるツーリストとして行っただけなのだから。いくらこの街がどれほど好きになっても今すぐに住めるわけではないのだ。

私の好きなものがすべて当たり前にある街、他人行儀なようでいて、それなりに優しい街。

思えば小学生の頃からニューヨークを舞台にした物語に弱い私なのだから。今回の旅行でどれだけ興奮したことか。

空港に着いた時は不思議とこんな感動はなかった。かといって不安もなかった。

初めての海外一人旅、初めての土地、中一のレベルも喋れない英語、それに私は一応女性だし、金目の物だって全く持っていないわけではない。他人は無謀だと言った。五体満足で帰って来られるといいね、とも言った。殺されなければまだましだよと。
どうしてそうやっていちいち脅したがる人が多いのだろう。歪んでいるのはわかるがたちが悪い。まあ、私は怯えないので脅かしがいがないと思うが。

意地悪な人の言うことを真に受けたわけではなかったが、行く前には多少の不安はあった。しかし着いてみると、おかしなくらい冷静な自分がいた。なんとかなるさと思っていたのだろうか、それともなんとかしなくてはいけないと覚悟を決めていたからだろうか。

とにかく、気持ちの面では冷静だったが、そう落ち着いてもいられなかった。飛行機が遅れたせいでホテルに着いた時には六時を過ぎていて、一刻も早く行動を起こさなければ行きたい場所にも行けなくなってしまう。

とりあえず私はタクシーに乗り込み、現地で着る服を調達しに行った。SOHOのアーバン・アウトフィッターズとアメリカン・アパレルで二百ドルほど使った後は、スーパーやらドラッグ・ストアやらに土産物を調達しに行った。旅行で何が一番ストレスになるかというと、もう絶対に土産物選びだ。こういった面倒事は初日に済ませてしまうに限る。

ホール・フーズを出た時はさすがに大荷物で、肉体疲労も相当なものだった。レストランなどははなから選択肢になかった。ホテルの向かいのカーネギー・デリで十分だった。


カーネギー・デリといえば『ブロードウェイのダニー・ローズ』の舞台となった場所として有名だ。メニューの中から私が注文した物は、これ以上無いくらい観光客らしい「ウディ・アレン」という名のサンドウィッチだった。

そんなものを頼んだせいなのか、ウェイターはそれほど愛想がいいとは言えない態度で「一人で食べるには大きいよ」と言った。

しかし私はめげなかった。なんとなくくやしかったのだ。それに空腹はそろそろ限界で、もう選ぶ気力はなかった。

「半分持ち帰るから大丈夫です」と言った。

そう言いながらも、きっと完食できるんだろうな、と思っていた。ここのウェイターは私がどれだけ食べるかわかっちゃいないのだ。

それにウディ・アレンはラガー・マンみたいな体つきではないのだから、その名のついたサンドウィッチだったらそれほど巨大ではないだろうとも思っていた。

しかし、サンドウィッチのウディ・アレンはラガー・マンどころか相撲取りだった。「小錦……曙……」そういった言葉が『LOVE 涙色』の主人公みたいに、こう、頭の中をぐるぐるめぐっていた。くやしいわ。冗談抜きでさ。



結局ウディ・アレンならぬ小錦に私は完敗して、勝負は翌朝に持ち越されたが、勝利の女神が私に微笑むことはなかった。

気を取り直してセントラル・パークまで散歩がてら歩いて行った。ほんの近くだけれど、今まで居たのと同じ都会の真ん中とは信じがたいほど広大な敷地に、私は度肝を抜かれた。

日比谷公園、せいぜい井の頭公園みたいなものを想像していたのだが、さすがアメリカ。食べ物にも負けないくらい公園もでかかった。マンハッタン自体は小さいのにね。


敷地内ではみんながやたらと走っていた。悪いけれど何が楽しいのかさっぱりわからない。

脇腹が痛くならないのだろうか?







朝の七時台だというのに寝転がっている人も多かった。寝転がり方が本格的でちょっと死体に見えなくもなかった。

池にはぜひ行ってみたかったから、歩いてすぐの所にあってよかった。

実は旅立つ前の日に『チャプター27』を見ていたので、セントラル・パークに入るなり、マーク・チャップマン(ジョン・レノンを暗殺した犯人。『ライ麦畑でつかまえて』を愛読していた)がホールデン・コールフィードのことを考えるみたいに、私もこの歴史的犯罪者のことを考えていたのだ。まあ、あまりいいようには考えていないけれどさ。

ホールデンに習って彼も言った。「池が凍ったら家鴨はどこに行くのか?」

私もあの本を読んだとき、特にその部分に共感したので、池の前に一時間近く居座ったが、家鴨と鴨の区別がつかなかった。





途中、犬が二匹も池の中目がけて走って行った。水が好きなのか?鳥が気になるのか?犬の気持ちは理解できない。


例の回転木馬もあった。やはりチャップマンは「ああ、これがフィービーが遊んでいた回転木馬か」と思ったのだろう。

私も「ああ、これがフィービーが遊んでいた、とマーク・チャップマンが思ったであろう回転木馬か」と思った。



そして、ストロベリー・フィールズに、


ダコタ・ハウス。さすがに観光バスが止まっている。


なんだかセントラル・パークをあまり爽やかに見て来れなかったんじゃないだろうか。

『チャプター27』ではなく、もっと他の映画にしておけばよかったかしら?うんと爽やかな恋愛ものかなにかに。

それはさておき、ニューヨークの話はまだまだ続きます。

うんざりするほど続くかもしれません。あいすみません。