Sunday, June 27, 2010

火傷を連れてニューヨークへ

旅行前だというのに火傷をしてしまった。太ももにけっこう目立つ赤い太線。拷問にあったみたいでみっともない。それ以上にみっともないのは、この憎らしい火傷野郎ができた原因だ。

ニューヨークにコリアン・タウンがあるんだかないんだか知らない。もしあったとしても今回の旅行で積極的に行こうとは思わない。ということは、一週間は韓国料理と別れなくてはならないのだ。和食と別れるより辛いかもしれない。

ということで、ここ何日かは朝昼晩、辛いものばかり食べていた。特に手軽に作れる「辛ラーメン」はほぼ主食といってよかった。

その日も(つまり二日前なんだけれど)、朝食に辛ラーメンを作った。朝食といっても、七時間寝てすっきり目覚めた後の朝食ではない。二時間前に寝て、空腹で目が覚めてしまったから、何か腹に入れないと二度寝ができん、と思って作った朝食だ。

まだうすら寝ぼけていた。頑張って起きようとしても、胃の中のマイスリーとドラールとハルシオンが、脳が手足に指令を出すのを邪魔している。

ふらふらしながらお湯を沸かし、どんぶりに熱湯をなみなみ注いだ。ちょっと水分が多すぎたかも、なんて思いながらソファに座った。

せめてお盆に載せて食べればよかったんだ。そうしたら軽装でニューヨークを歩けたのに。ひなたぼっこだってできたはずだ。
私が馬鹿だった。腹の上にそのままラーメンを載せて食べるなんてことをしたから。ちょっと体を動かした拍子に器が倒れ、太ももに熱湯が直撃した。

初めのうちは何が起こったのかわからなかった。「こぼした、しまった!」とは思ったが、私はほぼ毎日ペットボトルの水をこぼすものだから、着ている服に突然水分がかかっても大して驚くことができなかった。

が、それが水ではなくラーメンのついさっき沸騰したばかりのお湯で作ったスープだと思い出した途端、太ももが急激に痛くなってきた。熱かった。しかしあそこまで熱くて、あそこまで広範囲だと、熱いどころか冷たくすら感じた。

ズボンを脱いだ。ものすごく痛かった。これまで経験したこともないような痛さだった。私は思わず大声で叫んだ。何かの感情から叫ぶなんて生まれて初めての経験だった。

叫んですっきりしたので、ただちに冷蔵庫から冷えピタを出して、全部で九枚
患部に貼った。それから冷凍庫からアイスノンを取り出して、冷えピタを貼った股の間に挟んだ。

耐えられる痛みではなかったのでアスピリンを八錠口に放り込んでベッドに入った。

我ながらてきぱきした対応だったと思う。ハードボイルド小説の探偵のようだと思いながら再び眠りについた。


やはり迅速な対応がよかったらしく、起きた頃には右股は虫さされ程度しか痕になっていなかった。だが、左股の冷えピタが寝ている間にずれてしまったらしく、その部分だけ写真のような痕になってしまっていた。


本当にどうしよう。あんなに楽しみにしていた旅行なのに、服装のことを考えると憂鬱になってしまう。

あれから数日たって、いよいよこれから日本を出発するのだが、火傷は依然として太ももに張り付いたままだ。

もうコンシーラーで隠すしかない。

まあ、くよくよしていても仕方ない。火傷を連れてのニューヨーク、楽しんでこようではないか。

Thursday, June 24, 2010

フラッパー・ルック


最近フラッパー・ルックに凝っている。フラッパーとは、

「お転婆娘・小娘」の意。とくに第1次世界大戦後の10年間、つまり1920年代に、これまでの社会的・道徳的制約にとらわれない行動をした女性をさす。ファッションでは、流行に憂き身をやつした、やや突飛な娘のこと。
フラッパー・ルックとは、彼女たちのファッションをいい、赤いルージュに、ボブ・ヘア(断髪ヘア)、衿や袖のないショート・ドレスなどが特徴の


つまり、こういう写真のようなファッションのことだ。

なんでまたそんなものに凝りだしたかというと、またしてもニューヨーク行きが少なからず関係しているのだ。

あっちに行ったらどうしても行きたいステーキ屋がある。ピータールーガーだ。

ブルックリン店は混んでいるからグレート・ネック店がいいと知り、早速グレート・ネックについて調べてみた。ニューヨーク郊外の高級住宅地ということだった。

そしてここにはフッツジェラルドが住んでいたことがあり、『グレート・ギャツビー』の舞台であるウェスト・エッグのモデルとなった場所でもあるらしいのだ。

ということで、グレート・ネックをより身近に感じられるよう、久方ぶりに『華麗なるギャツビー』のDVDを見てみたわけだ。何せ、マンハッタンからわざわざ電車で三十分のしょぼいくらいの小旅行に出るのだ。グレート・ネックに対して美しい、特別な思いを抱いていなければ、面倒くさくてやっていられないではないか。

そんなわけでギャツビー映画で気分を盛り上げた私だったが、なぜかこの映画が今になってものすごく面白く思えた。一回目に見た時よりも、二回目に見た時よりもずっとずっと面白かった。なぜなら、映画の中のデイジー達のファッションが今の気分にぴったりだったから。

そういえばゼルダ・フッツジェラルドのもろに少女漫画的な小説(夫のほうがメジャー誌に掲載され、文庫化もされていて、漫画喫茶にも置いてある名作少女漫画なら、こちらはややマイナーな雑誌に掲載されて、文庫化は当然されておらず、まんだらけかネットでなければ手に入らなさそうな雰囲気を漂わせている)を読んで以来、ずっとフラッパーが気になっていた。しかし不思議なことに、実際にその格好をしてみたいとまでは思わなかったのだ。が、ここにきて急にフラッパーに対する興味がふくれあがってきた。

そうなったら検索あるのみ。私は片っ端からフラッパーの画像を見て、ギャツビーも目を凝らして見た。小説も読み返した。ちなみに、ツイッターに書き込んだせいで、「フラッパー・ルック」の画像検索をすると私の写真が出てくる。服飾関係の人なんかがフラッパーを検索した時に「なんだかわからないけどこの人もたぶんフラッパーなんだな」と思われるかもしれない。妙な気分だ。

フラッパー・ルックに欠かせないのは、ゆったりめの、フリンジなどのダンスをした時により美しく見える装飾の施されたワンピースや、大ぶりのアクセサリー、赤い口紅、そしてヘッド・バンドだ。

小物類はフォーエバー21で数百円も出せば手に入る。特に今年はヘッド・バンド流行りなので、きらきらしたものや個性的なデザインでもお安く見つかるから最高だ。2010年にフラッパー・ルックに凝って本当によかった。

ワンピースのほうもヴィンテージ・ショップで一万円くらいで買うことができた。あとはあの何とも形容しがたい帽子が手に入れば完璧だ。ちっとも売っていいやしないけれどさ。

1920年代のアメリカっていいよな。1950年代と19880年代のアメリカと、1960年代と1980年代の日本と同じように好みだ。

景気のよさそうな感じがたまらない。人々が軽薄そうなのがこのうえなくたまらない。

ちゃらちゃらした物万歳だよ、まったく。

『グレート・ギャツビー』の宝塚版のDVDも買わないとな。想像を遥かに超えるほどちゃらちゃらした世界が繰り広げられているに決まっているのだから。ちゃらちゃらしていて最後は悲劇的に終わるっていうのも好みなんだよな。

だって貧乏人がお金持ちになるよりも金持ちが貧乏人に成り下がるほうが「あーあ」とか言いながら内心「ざまあみろ」と思えるから娯楽として奥が深いではないか。

あ、そうそう。ゼルダ・フィッツジェラルドで思い出したのだが、アマゾンからこんなメールが来た。


Amazon.co.jpのお客様へ、
Amazon.co.jpで、以前にゼルダ・フィッツジェラルドの本をチェックされた方に、このご案内をお送りしています。『スクロール版 オン・ザ・ロード』、現在好評発売中です。  商品について詳しくは、商品のリンクから詳細ページをご確認ください。


ゼルダ・フィッツジェラルドと『オン・ザ・ロード』の関係性が私にはいまいちわからない。『アラベスク』や『スワン』、『硝子の靴』のほうがよっぽど近しい気がするのだが。

それにしても、一度くらいはトゥ・シューズに画鋲を入れてみたいなあ。















Wednesday, June 23, 2010

最低で最高のメニュー

そもそもはしゃぶしゃぶのつもりだった。しかし時刻は午前四時。どの店に行ってもラストオーダーが終わってしまっていた。仕方なく入ったのは、とある典型的な大衆居酒屋だった。

メニュー数がとても豊富で、字面がら見るとどれも美味しそうだった。値段もそれほど安すぎず、信用できる金額だ。限界に近いほど空腹だったこともあって私たちの期待は最高潮まで高まっていた。

七人で十七、八点は頼んだと思う。イカメンチ、チーズ揚げ、しゃぶしゃぶサラダ、レバ刺し、クリーム・コロッケ、魚、肉、その他いろいろ。

はじめにきたのはこの小エビのフライだった。


からっと揚がっていて見るからに美味しそうだ。レモンを絞り、箸でつまむ。熱々だ。いい匂い。ああ、早く食べたいと口に運ぶ。

一口噛むと、私は塩の瓶に手を伸ばした。見ると隣の知人もまったく同じ行動をとっている。

誰かが言った。「塩味、足りないね」


続いて運ばれてきたクリーム・コロッケはソースがついてきたのでそれをつけて食べた。揚がり具合はなかなかよかった。味はどこまでもソースだった。これはいいとしよう。

それからは揚げ物が続く。こんなフライに、





チーズ揚げ、小魚のフライ、イカメンチ。それから串焼きがいくつか。

どれもこれも味がない。素材は悪くないのだが、とにかく味がないのだ。そのせいかテーブルにはたっぷり調味料があった。頼んだらゆずコショウも持ってきてくれた。何品か口と腹に入れ終わった頃には誰もが学んで、それぞれの好みで塩を、コショウを、七味を、ソースをかけた。

テーブルの主役は調味料だった。それらは初めテーブルの隅にあったが、いつの間にか真ん中の特等席を陣取っていた。

私は自分に言い聞かせた。ここはイギリスなんだ。ずっと行きたいと思っているロンドンだ。食べる人が各々の好みで味をつけられるように、わざと味をつけていないんだ。料理人の優しさだ。個人主義を尊重してくれているんだ。

いつかはイギリスに行くんじゃないか。だったら今日のこの経験はいい予行練習になるさ。

また塩をふりながら、私はそう思い続けた。そうでないと大量に(それも私が誰よりも多く)注文してしまった料理たちはなかなか片付いてくれないだろう。

テーブルの上には食べかけの揚げ物類がまだいくらでも余っていたが、満腹の私たちをあざ笑うかのように次のメニューが運ばれてきた。

すごく柔らかくて、まるでヌーブラみたいな豚足。



どうやったらこういう料理が出来上がるか不思議でたまらなかった。

この店は食べ物のくる順番も明らかにおかしかった。カルパッチョが、サラダが、今頃になって登場した。

しゃぶしゃぶサラダはどう考えても肉が厚すぎるし、



カルパッチョは、この店にしてはめずらしく味が濃かったが、なぜかマヨネーズがたっぷりかかっていた。

極めつけはこのセクシー・チャーハンだ。


なんというえげつない形だろう。せいぜいおっぱいの形だと思っていたのに。

もう誰もが食欲をなくしていた。まずくはなかった。味だってちゃんとあった。だが、私たちは結局食べ物を粗末にすることになってしまった。

思えばこの店は従業員のテンションもどこかおかしかった。

「セキリュティ」と書かれたTシャツを着ていたり、しゃぶしゃぶサラダを「はい、シャブで〜す」とすごく陽気に運んできたのだから。

きっとイギリスのほうが満足のいくものが食べられると思う。これをクリアしたのだから、油でぎとぎとだという噂のフィッシュ・アンド・チップスだって美味しく食べられるはずだ。

そう考えると決して損をした訳ではない。

Friday, June 18, 2010

告知二点ほど

まず、七月十一日(日)に、飯田橋の「スーパーキュート」さんで撮影会があります。

詳しくはホームページにて。http://supercute-tokyo.com/top.html

どうぞ宜しくお願い致します。

それからもう一点。

明日、六月十九日(土)に、私の勤務している飲食店「六本木club -vargin」でワールドカップ観戦特別プランを用意しました。

八時半〜試合終了までの約二時間、ビール飲み放題と指名料が込みで二万円ぽっきりです。

通常では考えられないかなりお得なプランとなっておりますので、皆様のご来店をスタッフ一同心よりお待ち申しております。

こちらも詳しくはホームページで。http://www.club-av.com/

公園でぼーーっ




ニューヨークに行ったら公園でぼーっとするべきだ、とみんながみんな言う。行ったことのある人もない人も、ガイドブックも口コミサイトも絶対にそう言う。

セントラルパークがホテルのすぐ近くにあるならなおさらぼーっとしなくてはならないようで、今からプレッシャーを感じなくもないのだが、まあたまには人の言うことを聞いておいても損はないだろうから、セントラルパークでぼうっとする時間を一応旅のスケジュールの中に組み込もうかと思っている。

私は普段公園でぼーっとするタイプではない。時々はそうしたい衝動に駆られるのだが、せいぜい一年に一度か二度程度だ。

ここ半年くらいはまったくしていない。久々に、それも遠い異国でやるとなると、いくら私だって不安になってしまう。というわけで日比谷公園で予行練習をしてみようと思い立った。

長年東京に住んでいながら、日比谷公園に行くのは今回が初めてだった。なんとなく治安がよくなさそうな気がして敬遠していたのだ。だが、考えてみれば私は山谷のリピーターなのだ。何も恐れる必要なんかないじゃないか。なんといってもただで入園できるのだし、性に合わなかったらすぐに帰ればいいんだ。

などと頭の中でごちゃごちゃと考えながら、日本のセントラルパーク(と言われることもある)都会のオアシス(!?)へと向かった。

期待を、予想を裏切られた。段ボールハウスは一つしか見当たらなかった。泥酔している人もいなければ、アベックもいなかった。

公園はいたって平和そうだった。もう、牧歌的と言えるくらい。

巣鴨駅構内より少し多いくらいのお年よりがいた。一休み中のマラソンカップルがいた。キャリー・バッグを持った中国人観光客が地図を広げて観光のプランを立てていた。おっさんが裸足でくつろいでいた。一人文明開化風のおじさんが居眠りをしていた。

売店兼カフェで、見るからに役者の卵といった風貌のお兄さんからコーヒーを買い、空いているベンチに腰を下ろした。

隣のベンチのサラリーマン風男性は、この場所にすごく慣れているように見えた。休んでいるというよりは何かを待っているか、時間をつぶしているといった感じだった。例のやつかもしれない。奥さんには会社に行ってくるよと嘘を言い、灰色の塊を胸に抱えたまま途方に暮れているという、おなじみのあれだ。

そのサラリーマン風男性よりはるかにこの場に慣れきっていそうなのは、丸々太った猫たちだった。よく人に慣れていて、近づいても写真に撮っても興味なさそうな視線を向けるだけだった。この、猫と人間が共存している感じは、以前にも見たことがあった。そうだ、山谷だ。どうしても私は都会の公園と山谷を結びつけてしまうようだ。

それはともかく、猫ってやつもいいものだ。どちらかといえば犬派の私だが、猫のいる生活がものすごく楽しそうに思えてきた。互いに無関心な共存生活ってのもなかなか悪くない。

日比谷公園のやつ、洗濯物が干しているのもまた素敵だ。ベンチもあるし、芝生の上なら寝転がっても痛くなさそうだし(入ってはいけないようだが)、水道もあるし、トイレもあるし、ごみも出るし。どうにかすれば生活できそうだ。私もいざとなったら公園で暮らそう。

やっぱり久しぶりに行ってみると公園って面白い。セントラルパークとなれば、いる人だけでももっとずっと珍しそうだ。

うん、やっぱり今回の旅行は人の言うこともきいてみよう。

Wednesday, June 16, 2010

印象派


私ってもしかすると頭がおかしいのではないか?最近本気でそんな心配をしてしまう。
別に一分ごとにわけのわからないことをわめきちらさないではいられないというのでもないし、すれ違うすべての女性のスカートをめくって歩かなければ発狂してしまうというのでもない。それほどはた迷惑なおかしさではない。

ただ、他人の顔が覚えられないだけなのだ。

本当に本当に覚えられないのだ。男だろうと女だろうと、気の合う人だろうと大嫌いな人だろうと、一度や二度会ったくらいではなかなか覚えられない。

しかし世の中の人はふつう私ほど記憶力が悪くないので、こっちが覚えていなくても、むこうは私の顔を覚えていたりする。こっちも覚えていて当然だと思っている。一度会って、ほとんど丸一日一緒に過ごせば忘れるはずはないと。

だが、彼ら(彼女たち)の常識は私には通用しないのだ。何時間一緒にいようが、服を着替えてしまえば、化粧を変えてしまえば、違う髪型になっていたら、もう誰だかわからなくなってしまう。

いつかどこかで会って再会した人は私に「久しぶり」と言う。私のほうはその人をまったくの初対面だと思っているから、一瞬「なんだこの人、勘違いか?」と相手を少し変なのかと思ってしまうが、実際はいつだって私が間違っている。
私とその人は確実に言葉を交わした過去があるのだ。

ちんぷんかんぷんな私をよそに、その人はフレンドリーに話を進める。私はうすら笑いを浮かべながら耳を傾ける。以前どんなことを話したのかがわかれば記憶のポケットに手を突っ込んで、中身を探ることができる。
そもそも私は他人の顔は全く覚えないくせに、話した内容となると案外細部まで覚えていたりするのだ。

どうやら私には、他人という新たな情報が入ってきた時、視覚や感覚の情報としてではなく、その人から聞いた情報を、本やインターネットで見たのと同じような「知識」として記憶させてしまう癖があるのだと思う。

読んだ本の内容は覚えていても、それがどんな表紙をしていたのか覚えている人は少ない。それと似ている。

だが、人間は本ではない。それがわかっているから、多くの人は他人の印象をあくまで印象として書きとめ、人間と人間が交流したときに発生する微妙な心の揺れ動きのようなものを記憶し、相手と再会した時にはそれを引き出し、レンジでチンするひと手間もかけず、新鮮な物としてよみがえらせることができるのだろう。私とは違って、ごくナチュラルに。

そういう意味では私には人間らしさが欠けているのかもしれない。

だが、人間に限らず、私はたいていの物を覚えちゃいないのだ。道なんて恐ろしく覚えないし、名前なんかも覚えられない。

人は人でも、漫画の登場人物もなかなか覚えられない。とくに少女漫画の男性キャラクターと少年漫画の女性キャラクターはどれも似たり寄ったりだから余計に難しい。

が、年々ましにはなってきていると思う。幼稚園の頃はジャイアンとブタゴリラの、もっと言えばスネ夫とトンガリの見分けがつかなかったのに、今じゃ彼らが着ている服を交換しても見分けられる自信がある。

それはそうと、せっかく頑張って人間を覚えられるようになっても、急にイメージ・チェンジなんかされると、すべての努力が無駄になってしまう。

親や親戚、毎日顔を合わせている友達ですら、大幅に髪の色を変えられようものなら、「似ているけれど何かが違う。別人なのかもしれない。兄弟とかなのかもしれない」と変な妄想を働かせてしまうのだ。

「本人ですか?」なんてとても言えない。だが、本人じゃないのにその人であるかのように振る舞っているのも失礼な話だ。
やはり私はもっと「印象派」にならないといけないのだろう。でないと不便な人生が待っているに違いないのだから。


Thursday, June 10, 2010

耳女を見て思ったこと

バニーの耳をつけている人を見た。午後三時の新宿駅構内、会社員連中に紛れて耳を振り振り闊歩する姿は現実感をぶっ飛ばしてしまうほどインパクトがあり、彼女の後を追って地下鉄に乗ったら、それこそワンダーランドを覗けるのではないかと思ってしまうほどだった。
いくら『アリス・イン・ワンダーランド』を見たからといってティム・バートンの影響は受けていないと思ったのだけど。多少は影響されたのかな、やっぱり。

これまで一度も耳をつけている大人を見たことがないわけじゃない。たとえば浦安辺りに行けば、電車の中だってそういう人をいくらでも見ることができる。
原宿や下北沢にも耳をつけた大人がごくたまに歩いているけれど、彼女たちのファッションはほぼ100%カラフルでコスプレのようで、耳をつけていても全身で見るとそれほど違和感はない。
しかし先ほど遭遇したお嬢さんは白いパーカーにデニムのスカートにレギンスという、まだ一度も性病にかかったことのない女子高生か、主婦ブログをやっている若いお母さんみたいだった。いたって健康そうで、専門学校生にもコスプレアイドルにも全くといっていいほど見えないのだ。
それも、パーカーのフードに耳がついているのではなくて、その健全カジュアルな格好に、なぜか黒いレースでできたちょっとリボンっぽい、妙にセクシーなうさぎの耳をつけていた。それも着ている服とは裏腹に髪の毛は極めて明るい茶髪だし、顔まではよく見えなかったが、それでもなかなかしっかりメイクをしているのはわかった。
つまり、頭から下は女子高生か若いママで、首から上はエスコートガールを思わせる風貌なのだ。だからこそとんでもなく違和感があった。
あれが終電間際だったらエスコートガールのお姉さんがまちがって耳をつけてきてしまったんだろうと苦笑いをすればいい話だが、おやつ時にそんな人がいるはずがない。考えてもどうしようもないことだし、一円の得にもならないのだが、彼女の生態について考えないわけにはいかなかった。
気になるものを放っておくと頭によくないと言われているし。それにその時間はちょうど暇だったのだ。
一緒にいたマネージャーが言うには、「ギャルの間でカリスマ的存在の女の子があんな格好をしているから、きっとその子の真似なんだろう」ということだったのだが、それほどギャルには見えなかった。
どこだか忘れてしまったが、たしか一流ブランドのコレクションでバニー風のカチューシャをヘッド・アクセサリーとしてつけてランウェイを歩いているモデルがいたから、それを意識したどこかのブランドであのお嬢さんは手に入れたのだと思う。パーティーやナイトシーンでならばああいうのも遊び心があって可愛い。そうでなければもう少し露出をしていてくれたら色っぽくて目の保養になったのに。
もしもマネージャーの言うことが正しくて、子持ちに見える洋服にセクシーなバニー耳を合わせるのが(ミスマッチを楽しむのが)流行っているのだとすれば、ますます私は若者の考えていることが理解できなくなってしまう。
まあ、若者に限らず他人のファッションなんて「何故それを着るのさ」と考えてしまうものがほとんどだ。他人から見たら私だってそうなんだろう。ピクニック・バッグや凶器になりそうにばかでかい指輪のどこがいいのかと不思議に思われているはずだ。
あのバニー耳は渋谷109などに行けば手に入るのだろうが、おばちゃんファッションと筋金入りオタクルックはどこで手に入るのかいまだにわからない。

そういえばボストン美術館展であれが売っているのを見た。よくおばちゃんが持っている、黒地に花の刺繍がしてあるカラフルだが地味な色合いの鞄だ。安くはなかった。意外としっかりとした作りだった。
しかし動物の顔つきのゆったりとしたTシャツや、昔ながらのスパッツ、異様に小さい靴なんかはどこに売っているか謎のままだ。
やたらと機能性のいいババシャツならばテレビ通販で売っていたけれど。
着るだけで暖かくて汗を吸い取って姿勢がよくなって三段腹も解消するのだとか。欲しい気もするがあちこちグラマーでなければサイズがないのだろう。痩せ形のおばさんだって少なくはないはずなのに。
あと、小金を持っていそうな中年男性って数珠のようなブレスレットをつけている人が多いが、あれは開運グッズかなにかなのだろうか?
あれを愛用している人で酒に弱い人をまだ見たことがないから、何か肝臓関係のお守りなのだろうか?
ついでながらあの数珠の愛用者で色白の人というのも極めて少ない気がする。
ということはゴルフ関係か?

やっぱり他人のファッションへのこだわりというのはよくわからない。

だがこうやって考えるおかげで多少なりとも頭の運動になっているかもしれないのだ。ならばなるべく大勢の人に意味のわからないものを身につけていてほしい。

見ず知らずの誰かの頭の運動になるという口実ができれば私も好き勝手に変なものを身につけられることだし。

好き勝手な物で身を飾るのはつまり、好き勝手なものを部屋に置くのと同じだ。もっと言えば、ホテルの部屋に大量に私物を置くのと同じだ。
安心できるものがそばにあれば、見知らぬ場所でも縄張りに思えてくる。
犬がマーキングするようなもので。
おしっこよりは臭わないからいいと思うけどな。

Monday, June 7, 2010

おかしなおかしなおはなし

ツイッターでも言ったが、知人に「Yahoo!ニュースに載っている」とメールをもらい、意味がわからなかったが一応見てみた。確かに私の名が載っていた。
こんな記事だ。


AV女優の鈴木杏里、日本の中国侵略に「いつも体で謝罪してる」

6月5日15時56分配信 サーチナ
 台湾メディア「NOWnews」によると、日本のAV女優である鈴木杏里さんはこのほど、日中の歴史問題について言及し、「歴史は塗り替えることができないもので、尊重されるべきものだ」と語り、機会があれば、「中国人に自らの体をささげること」で日本の中国侵略への謝罪を示したいと語った。香港・文匯報が伝えた。

報道によれば、鈴木杏里さんは大学で歴史を学び、「日本の中国侵略」を卒論のテーマとしたという。記事では、「歴史を学ぶ大学生と同様に、彼女も歴史研究者の道に進むことはなかったが、彼女は日本の中国侵略を正視することのできる人だ」とした。

鈴木杏里さんは日常生活においても中国人留学生とベッドをともにすることが多々あるそうで、彼女からすればそれは「一種の贖罪(しょくざい)」だという。

鈴木さんは「そうすることで日本が中国を侵略したことに対して心の償いができる」としながらも、「はっきり言うと、日本人よりも中国人留学生の方が優しく、私のことを気持ち良くしてくれる」とも語った。(編集担当:畠山栄)

確かに私は鈴木杏里という名前で成人向けDVDに出演をしているが、この記事で真実なのはそれだけだ。
同姓同名の人だったら話は別だ。しかし、同じ業界に同姓同名の人間がいるとは思えない。ということはやっぱり私のことなのだろうか?しかし、「語った」とあるがいったいどこで語ったというのか?私は台湾に行ったこともないし、ここしばらくインタビューと名のつくものなんて一本も受けていない。
「大学で歴史を学んだ」ともあるが、私は大学に行っていない。当然卒業もしていない。中国人留学生の知り合いもいない。
「ベッドをともに」するわけがない。私は今の業界に入ってから、成人向けDVDの撮影以外に誰かとベッドを共にしたことがないのだ。
私だって海外のゴシップ雑誌などは大好きだから、デマだとわかっていても面白く読んでいたが、これほど嘘偽りで何もかもが固められているとは(そういう場合もあるとは)思わなかった。
これからああいうものはフィクションだと思って楽しむことにしようと思う。
メディアだって仕事なのだし、でたらめな、面白おかしい記事を書くことだってあるだろう。噂の的になってしまう人だって有名税なのだから仕方がない。
しかし私は有名でもなんでもないのだ。むしろ、どうやったら細々と、名が知れず活動できるかいつも所属事務所と話し合ってきた。おかげで今もこの仕事を続けていられるわけだ。
同じアダルト業界の中にはすごく有名な人がいる。彼女たちはテレビに出たり、一般紙でグラビアの仕事をやったり、雑誌の表紙になったりする。有名になれるだけの技量と、有名になっても平気な度胸を持った方々だ。が、それができるひとはごくまれだ。競争率も最近は激しいのかもしれないが、ほとんどの場合本人が人知れず活動したいと言うからだ。私もこちらのタイプに属する。仕事は面白い。これほど馬鹿馬鹿しいことを真剣にできる業界はない。しかし、タレント活動には興味がない。私を含むそういった人たちは、「ここまでなら露出できる」ということを決めて、その範囲内で活動する。
が、今回のニュースは「ここまで」の範囲を大きく超えている。まったく身に覚えのないことで超えているのだ。それもどちらかといえば健康的ではない話題で。
たまたまなのだろうが、ほとんど無作為のようなものなのだろうが、なんで自分なのだ?と心底不思議に思う。日本のAV女優なら誰でもよかったのだと思う。私は長いことこの業界にいるので、中国や台湾でも出演作が出回っているのかもしれない。有名すぎても信憑性がないので、私くらいマイナーな人間がよかったのだろう。若々しい顔立ちではないし、実際に若くはないし、教師の役をやることが圧倒的に多いから、大学を卒業していそうに思えたのだろう。そのようにいろいろなことが重なって私の名前が使われたのだと思う。
すでにそうやって報道されてしまったことなのだし、もう今更どうしようもないのだけれど、「愉快ではない」とだけ言っておきたい。
きっと同じように報道される同業者がいるだろう。過去にもいたかもしれない。
確かにAV女優という響きにはインパクトのあるしな。変てこで謎の多い職業だろうし。不正に使用するにはうってつけなのかもしれない。
OLや土木作業員やうぐいす嬢が同じように報道されてもねえ……。
地味に生きていてもこれだけ不愉快な思いをするのだから、派手な人生を送っている人はやっぱり大変なんだろう。くわばら、くわばら。