Wednesday, November 24, 2010

読書の時間


たとえば読書が趣味ではなくて、今現在夢中になっている本が一冊もない人生とはどんなものなんだろう?

ふとそんなことを考えてみた。

そういう人は、移動中やちょっとした空き時間に、いったい何をしているのだろうか?

トイレで「大」をする時、何かをインストールしたり、ダウンロードする時、病院で順番を
待つ時、暇で暇で辛い思いをしないのだろう?

人と待ち合わせをしていて、相手が遅れて来る場合はどうするのだろう?十分くらいならまだいいが、三十分、一時間と待つことになったら、はたして耐えられるのか?

そもそも、そういう人はいかなる場合でも待ち合わせに遅れる側なのか?

考えても答えは出ない。

まあとにかく、私にはいつだって読みかけの本があるので、突然の空き時間というのは、けっこうありがたいものだったりする。「遅れる」というメールをもらうと、でかした!と思うくらいだ。

読書が趣味だと、当然本を読むことが楽しくて楽しくて、走り回りたいくらいに大好きなのだが、本を選ぶこともまた、大大大好きだ。

以前は古本屋で買うことが多かったが、今はもっぱらアマゾンだ。

毎月、万冊が五枚は消える。けっこうな出費だ。なるべく安く済ませたいので、中古品を買うようにしている。いや、していた、と言ったほうがいい。

私が欲しいと思う本は、基本的に古い作品だ。しかも、海外の翻訳物ばかりなので、新品では売っていないものも多い。中古の、それも馬鹿みたいに高いものを買わされることもしばしばだ。そして、信じれれないくらいに汚い。臭い。読んでいるとかゆくなりそうなほど。

それは仕方が無いと思う。臭ければ鼻息をしなければいいし、ついつい食べ物に手が伸びてしまうのを防ぐ役割も果たしてくれる。かゆくなりそうなことは多いが、実際はかゆくなんかならないし、もしもなったら、薬を塗ればいい。

問題はそんなことではない。

古い本は字が小さいということだ。

前はそれほど気にならなかった。もしも、昔の字の小さい物のほうが安ければ、絶対にそっちを注文していた。どちらでも読めば同じなのだからと。

だが最近は、もしも在庫があるようならば、少しでも文字の大きそうな、新しい物を買うよう心がけている。

読書というのは他人に迷惑のかからない、好ましい趣味だと思うが、目には極めて良くない。現に、日に日に目が悪くなってきている。

文字の大きさも大切だが、書体にはもっとこだわっているかもしれない。

同じ明朝体でも、自分好みのものと、そうでないものとがある。

女性向け小説などに多い、独特の書体がある。今、手元にそのような本がないので、うまく説明できないのだが、妙に柔らかい、フェミニンなあの書体だ。いろいろな種類があるが、共通して言えるのは、はっきりしない女々しさだ。

あれは気持ちが悪くなる。

『高慢と偏見』も、『悲しみよこんにちは』も、『アンナ・カレーニナ』も、私が読んだ物はフェミニンな書体だった(同じ物ではなかった気がするが)。

集中してしまえばいいが、それまでが本当に辛い。胸の奥がむずむずして、無性にいらいらさせられる。

だが、それもまた読書の楽しさ、奥深さだったりもするんだよな。

3 comments:

  1. 杏里さんの本棚見てみたいです
    すごくたくさんあるんでしょうね
    こんどうpしてくれないかな(笑)
    読書はいろいろなことが知れるからいいですね

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  2. 字の大きさ....ものすごく よくわかります。。
    改訂版などで 字が大きなのが出ていたら 再読の際に
    改めて 買い直してしまいます>_</
    古い文庫本などは かなり小さいですもんね。。

    ボクも 同じく 杏里さんの本棚が見てみたいです。

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