Friday, June 18, 2010

公園でぼーーっ




ニューヨークに行ったら公園でぼーっとするべきだ、とみんながみんな言う。行ったことのある人もない人も、ガイドブックも口コミサイトも絶対にそう言う。

セントラルパークがホテルのすぐ近くにあるならなおさらぼーっとしなくてはならないようで、今からプレッシャーを感じなくもないのだが、まあたまには人の言うことを聞いておいても損はないだろうから、セントラルパークでぼうっとする時間を一応旅のスケジュールの中に組み込もうかと思っている。

私は普段公園でぼーっとするタイプではない。時々はそうしたい衝動に駆られるのだが、せいぜい一年に一度か二度程度だ。

ここ半年くらいはまったくしていない。久々に、それも遠い異国でやるとなると、いくら私だって不安になってしまう。というわけで日比谷公園で予行練習をしてみようと思い立った。

長年東京に住んでいながら、日比谷公園に行くのは今回が初めてだった。なんとなく治安がよくなさそうな気がして敬遠していたのだ。だが、考えてみれば私は山谷のリピーターなのだ。何も恐れる必要なんかないじゃないか。なんといってもただで入園できるのだし、性に合わなかったらすぐに帰ればいいんだ。

などと頭の中でごちゃごちゃと考えながら、日本のセントラルパーク(と言われることもある)都会のオアシス(!?)へと向かった。

期待を、予想を裏切られた。段ボールハウスは一つしか見当たらなかった。泥酔している人もいなければ、アベックもいなかった。

公園はいたって平和そうだった。もう、牧歌的と言えるくらい。

巣鴨駅構内より少し多いくらいのお年よりがいた。一休み中のマラソンカップルがいた。キャリー・バッグを持った中国人観光客が地図を広げて観光のプランを立てていた。おっさんが裸足でくつろいでいた。一人文明開化風のおじさんが居眠りをしていた。

売店兼カフェで、見るからに役者の卵といった風貌のお兄さんからコーヒーを買い、空いているベンチに腰を下ろした。

隣のベンチのサラリーマン風男性は、この場所にすごく慣れているように見えた。休んでいるというよりは何かを待っているか、時間をつぶしているといった感じだった。例のやつかもしれない。奥さんには会社に行ってくるよと嘘を言い、灰色の塊を胸に抱えたまま途方に暮れているという、おなじみのあれだ。

そのサラリーマン風男性よりはるかにこの場に慣れきっていそうなのは、丸々太った猫たちだった。よく人に慣れていて、近づいても写真に撮っても興味なさそうな視線を向けるだけだった。この、猫と人間が共存している感じは、以前にも見たことがあった。そうだ、山谷だ。どうしても私は都会の公園と山谷を結びつけてしまうようだ。

それはともかく、猫ってやつもいいものだ。どちらかといえば犬派の私だが、猫のいる生活がものすごく楽しそうに思えてきた。互いに無関心な共存生活ってのもなかなか悪くない。

日比谷公園のやつ、洗濯物が干しているのもまた素敵だ。ベンチもあるし、芝生の上なら寝転がっても痛くなさそうだし(入ってはいけないようだが)、水道もあるし、トイレもあるし、ごみも出るし。どうにかすれば生活できそうだ。私もいざとなったら公園で暮らそう。

やっぱり久しぶりに行ってみると公園って面白い。セントラルパークとなれば、いる人だけでももっとずっと珍しそうだ。

うん、やっぱり今回の旅行は人の言うこともきいてみよう。

4 comments:

  1. いろいろと人間観察してると面白いですね
    それをしてる杏里さん観察も面白いですよ

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  2. かわいいですねぇ>_<!

    美しいです。。

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  3. 公園で、ぼーーっ
    ベンチすわって、ぼーーっ

    まわりの、サラリーマンやおじいちゃん、おばあちゃんも、ぼーーっ
    ついでに、ニャンコも、わんこも、ぼーーっ
    ぼ・ぼ・ぼーーっ

    みんないっしょに、ぼ・ぼ・ぼーーっ

    ああっ、平和だなーー

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