Sunday, May 23, 2010

からまれた話




そういえば先日、生まれて初めて酔っぱらい(もしくは違法物の中毒者)にからまれた。
日本の電車は世界一安全だ、治安がいい、と言われているが、こと始発に関しては、国民としてみれば誇らしいその説が通用することはないようだ。
その日は、四時台だというのに空は明るく、人間が気持ちよく過ごすには一年のうちでも最も適した気候だった。
そうでなければ、いくら貧乏な私だって、駅前で始発を待つようなことはせず、深夜営業の喫茶店なり、ネットカフェなどに入り時間をつぶしたことだろう。
が、先にも書いたようにその日は変な喫茶店で薄められたコーヒーを飲むよりは、自動販売機のミネラルウォーターを片手にぽかぽかした空の下でぼうっとしたり、あれこれ雑用をしたほうがよっぽど健康的なように思えたのだ。
駅はまだ閉ざされていたので、私は階段脇に寄りかかって、iPhoneでニューヨークの情報収集に勤しんでいた。気持ちの上ではすっかりまだ見ぬニューヨークにトリップしていたが、体のほうは安全だと言われている日本の生温い湯にどっぷりとつかっていた。
足の間にわりと重要なものが入っているほうの鞄をファスナーを開けたままはさみ、その他のちょっと荷物が入った袋はま横に置いていた。周りのことなんか見ようともしていなかった。
レンタサイクルなんていうのも意外と高いなあ、なんて思っていると、ふと真横に人の気配を感じた。
見ると、私と同い年くらい、もしくはもう少し年下の大学生くらいの男がちょっとした荷物の入った袋の中身を穴があくほどじっと眺めていた。
最初私はすごくピュアな人なのだと思った。小さい子どもがそうであるように、彼らは興味を持ったものとなると、それが人のものであろうとなかろうと、見てみぬふりなんてできないのだ。私はよくそういった方々に声をかけられる。今回もそれだろうと思っていたが、彼は外見からしてどうもピュアには見えない。
傷んだ汚らしい茶髪をアニメのキャラクターみたいに盛り上げ、肌はマリン・スポーツではなく日焼けサロンで焼き続けているかのような、やたらときれいな小麦色だった。着ている服はまさに今時の兄ちゃんという感じだ。
彼はほとんど肩と肩が触れ合いそうなほどぴったりと私に近づき、今度は足の間にはさんだ、貴重品が入ったほうの鞄を凝視した。
私はすぐさまファスナーを閉めて、臆病な旅行者のように鞄を彼がいない側の小脇にかかえた。話しかけられるのだけは嫌だったから、iPhoneからは目を離さなかった。
スカウトマンかな?とも思った。だが名刺を渡してくる気配はない。
彼にはあと二人仲間がいたらしく、その人たちは面倒くさそうな顔で、遠巻きにこちらを見物していた。
沈黙の一分間が過ぎ、横にいた男がついに何やら私に話しかけてきた。彼は呂律がまわっておらず、何を言っているのかはさっぱりわからなかった。しかし、声のトーンなどから好意的なことを言っているのでないのは明らかだった。
酔っぱらいなのかと思って一瞬だけ目を合わせてみたのだが、どうも目つきがおかしい。
私は最近飲み屋で働いてもいるので、酔っぱらいは男、女に限らず毎日見ている。だから彼が酒によっておかしくなっているのではないとすぐにわかった。
俗に言う、「人間をやめかけた」人なのだろう。
人生をどう楽しもうと彼らの自由で、なにも私がとやかく言うことではないが、少なくとも他人に害を及ぼすのは違うと思う。
私が一向に無視を続けることに頭にきたのか(ああいった人間の考えていることはわからない)、彼は何やら罵りの言葉を吐き出した。よく覚えていないが、いかにもちんぴらだとか、親父狩りをする若者と言った感じだった。
これが親父狩りならぬばばあ狩りだろうか。面倒なことになった。
運の悪いことにその日は、私にはめずらしいくらいの大金が財布に入っていたのだ。時計だって一目でカルティアとわかるものをつけているし、バレンシアガの鞄だってちんぴら界でまったくの無名だとは思えない。
私はiPhoneをネットから電話に切り替え、男に見せつけるように110番のダイアルボタンを押した(今時古い言い方だが)。
なんて言っているのかは相変わらずわからなかったが、男の罵倒は(大声でこそなかったが)一層薄汚いであろうものになった。
私はその状況をそれなりに楽しんでいた。
常々、トラックやタクシーにぶつかりそうになって「バッキャロー!死にてえのか!」と言われたり、人の男を寝取って「この泥棒猫が!」と言われてみたかったのだ。まあ、それほどいかにもではないにせよ、今回の彼の罵倒は聞こえていたならかなり定番のものであるに違いなく、そんな日活アクション映画のワンシーンのような展開には、普通に生活している限り滅多にお目にかかれないだろう。
しかし、財布や時計が心配だったし、もしもこれが親父狩りに近いものなら私は殴られ、100万円近くお金をかけている大切な歯を折られるかもしれないのだ。それはまずい。避けたい。
警察は最初のうちは冷やかしだと思っていたのか、私がどんな状況にいるのか、こと細かく尋ねてきた。「そこはどこですか?」、○○駅です、「駅のどの辺りですか?」階段のあたりです、「その男はどのくらいの年齢ですか?」、二十代前半か、それよりもう少し若いです、「何人いますか?」、三人います。からんできているのはそのうちの一人です、「どのようなことを言われたんですか?」、泥酔していたのか、なんだかよくわからないことを口走っていました、「それは日本語でしたか?」、はい、日本語です。たぶん日本人です、そんな風に質問攻めにあっている間に、乗り気でなさそうな二人は、「おい、やべえよ(彼らの言っていることは聞き取れた)」などと言い、乗り気な兄ちゃんもしばらくは「なんだこらあ」みたいなことを言いながら粘っていたが、やがて乗り気でない二人に無理矢理連れて行かれてしまった。
警察は「今からそちらに向かいましょうか?」と言ってくれたが、私は「逃げていったのでとりあえずは大丈夫です」と言って電話をきった。

他の人に話すと「よく刺されなかったね」と呆れられたが、刃物を持っていないことは見ればわかったし、なにしろ私は大人げのない馬鹿者なので、不愉快な気分にさせられたのだから、あちら様にも私と同じくらい不愉快になっていただきたかったのだ。

もしもあの兄ちゃんのおかしさが違法物によるおかしさだったら、警察がくるかもしれないというのは、きっと私が味わった不愉快さを軽く超える不愉快さだろうから、我ながら嫌な奴だなと思いながらも、110番してよかったな、と思っている。

このままじゃいつか本当に刺されるかもなあ。

みなさんも始発を待つ際は気をつけましょう。

6 comments:

  1. 杏里さんの凛とした態度かっこいいです
    惚れ直しました
    でも気をつけてください
    ぶっそうな世の中ですから

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  2. ご無事なようで安心しました。

    どうぞ危ないところではお気をつけください。

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  3. もっと気をつけないと!
    杏里さんは、自分の用容姿を毎日見てるかもしれませんけど、
    その長い髪は、艶があって綺麗だし、
    大きな胸、長い足は男にとっては、よだれがでるほどですよ~

    狼に襲われたくなかったら、御天と様が明るい間に行動されてはいかがでしょうか♪

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  4. 気をつけて下さいね。
    そういう話は心が痛みます。

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  5. それは、普通に気をつけたほうがいい気がしますねぇ
    まずは、隙を見て逃げたほうがいいのでは、、、

    しかし、話の内容と写真がどうしてもつながらない
    つなげたい、
    でも、つながらない

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