Friday, January 22, 2010

またまた以前書いたものを再投稿

私は極度の心配性だ。

これほどまでに頭の中を心配事や不安材料が占めている人間をなんて見たこともない。

目下の心配事は、いよいよ明日に迫った撮影会に人が集まって下さるか?というものなのだが……。

この心配性とは幼い頃からの付き合いだ。なので、それほどうとましく思っているわけでもない。

心配妄想は数え切れないほど存在するが、その中でも年代ごとに殿堂入りしたものもあり、それらは潜在的なものあるかのように私の脳内に住み着いてしまっている。

例えば小学校低学年の時、セーラームーンが流行った時期の心配妄想といえば、私のお母さんは一見お母さんに見えるが、実は他の何かに身体を乗っ取られているのではないだろうか?と不安でたまらなかった。

なるちゃんのママが妖魔にのり移られているエピソードが唯一『美少女戦士セーラームーン』という漫画を恐ろしいものだと思った。

だが、私は武内直子さんの世界で生きているわけでないって事くらいはいくらなんでもわかっていたので、お母さんを乗っ取っているものを妖魔だとは思っていなかった。

もう少し年配の人なら異星人だと考えたかもしれないが、私の場合は何物かがどんな訳があってなのかはわからないけれど、お母さんのそっくりさんを用意して取り替えているのかもしれない……そんな風に考えていた。

何故かお父さんについては取り替えられ疑惑を感じなかった。

多分お母さんのほうが女性特有の苛々時期があるせいで、その日によって性格が微妙に違っていたからだと思う。

彼女がおそらく生理中の時――つまり取り替えられ疑惑の時はなるべくいい子でいるよう心がけていた。

小学校も高学年になると、月経の存在を知り、お母さん偽者疑惑は薄らいでいった。

それに取って代わった心配事は、もしも学校から帰って家が燃えていたらどうしよう……というものだった。

特に朝方学校に行く前、親と喧嘩した日なんかは心配で心配で職員室まで電話を借りに行こうと何度も思った。

これまた、漫画『漂流教室』の影響だった。

中学いっぱいこの心配事は続いた。

もう少し大きくなると同じ親や家の心配は「あの人達、あと半世紀は生きられないんだ」と、より陰鬱な心配事の支配下に置かれるようになった。

むろん、ものごころついてからずっ続いている心配事もある。

眠りに落ちてそのまま死んでしまったら……。

これは本当に怖い。

だいたい、入眠の瞬間って毎日の生活の中で最も恐ろしいものではないか。

夢を見てしまえば意識がある事も多いが、それ以外の時は全く意識がない。

さっきも美容院で5分ほど眠ったが時間をワープしたかと思いぞっとした。

だが、世の中の、それも大半の人達は「眠りに入るうとうとした状態が何より気持ちいい」と話す。

私には解せない。

それほど心配性じゃないって事なのかなぁ?

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