Thursday, January 21, 2010

嫌いになれなくて

ビジネス・クラスだのファースト・クラスだの、そんな贅沢なものとは縁がなかったので、これはあくまでエコノミーしか知らない人間の意見なのだが、メジャーな乗り物の中では、飛行機って最も自由を規制されるものなんじゃないかと思う。

まず、狭い。脚を伸ばせない。これは自動車でも新幹線でも同じなのだが、あれらのほうが隣の人との距離が飛行機ほど近くない分まだマシだ。
狭いことが一番きついが、まあ、それはしょうがないといえばしょうがない。安いんだし。
それから、これも誰もが言うことだが、機内食がまずい。個人的に大韓航空のビビンバ(パ)は美味しいと思うのだが、あれが例えば料理屋のものだったら中の下レベルだ。松屋のビビンバ丼のほうが米が美味しい分上だ。

つまり、大韓航空にしたって「機内食のわりには美味しいよね」という程度であり、他の航空会社のものにいたっては論外だ。有料でいいから他のメニューも出してくれよ、と思っているのは私だけではない。これは確信を持って言える。

だいたい私はミックス・ベジタブルが嫌いなのだ。あれがあるせいでグリン・ピースは過小評価されている野菜なのでは・・・・・・とさえ思えるほどだ。だって莢豌豆はどう考えてもまずくない。スナック菓子の「とれたて、とれたて」のものだって、まずくない。

豌豆の話になってしまったが、もう一度飛行機の話に戻る。

狭さ、食事のまずさ意外にも飛行機への不満は尽きない。
はじめにも書いたように、この上なく自由を制限される。旅慣れた人ならまだ良いが、私みたいな者には本気できつい。

例えば、成田~LAX行きのN航空に乗るとしよう。離陸するまでも長いし、離陸して落ち着けるまではそれ以上に長い。

いつも思うのだが、救命胴衣の説明って大切なことなのに「聞いてください」というムードがない。同じアナウンスならば免税品の販売のほうが力を入れている気がしてならない。
なんだかんだあって、やっとシート・ベルト着用のサインが消えるが、その後すぐに機内食を持ってこないのも気に食わない。

飲み物やら変なお菓子を配られて、こちとら喉が渇いているものだから水をがぶ飲みしてしまい、トイレに行きたくなる。そんな時に限ってシート・ベルト着用のサインが点くのだから、ため息の一つもつきたくなるし、舌打ちの二つくらいはしたくなる。ブランケットがもう一枚欲しくなった時もよく同じ目にあう気がする。

で、やっぱり同じような人が多いらしく、やっとサインが消え「いざトイレへ!」と意気込むと、もう満室だったりする。誰もが来たる機内食の時間に備えているのだろう。
どうにかトイレを済ませ、不味い機内食を食べ終わり、「さて、そろそろ寝るか」という時にまたコーヒーやら水やら記入すべきものやらが次から次へとやってくる。
「まだ寝るところじゃありません」と言われている気がする。そして、実際に眠れない。
しばらくすると電気が消え、幼稚園の「おひるねタイム」のごとく強制的に睡眠を強いられる。そこで私はさっきコーヒーを飲んでしまったことを激しく後悔するはめになる。

映画も観る気にならず、読書でもしようとライトを点けるのだが、本気で明るい。コーヒーとの相乗効果で益々眠気がさえぎられてしまう。
「さあ寝よう」と思ってもすぐには眠れない人間だっているのだ。私のように。「とりあえず寝ようとしてみよう」と思えない人間だっているのだ!

しかし、当たり前だけれど、そんな奴の言うことなんかに誰も聞く耳持っちゃいない。
あの「おひるねタイム」モードになってしまうと、物音立てるのも気まずいし、ライトを点けているのも場違いに思えてくる。

なんて文句を言いながら、結局浅い浅い眠りにならいつもたどり着けるのだけれど、決まって揺り起こされるはめになる。文字通り機体が揺れるせいで目が覚める。
そうなったら最後、もう眠れない。むしろその時が眠りのピークだとしても、また飲み物やら何かが登場し、電気が点き、機内は起きろモード一色となる。

起きた時の体中の痛さと言ったら!やっぱり狭いのが何より困る。
あの、ポケットのような場所に大量に入っているカタログや雑誌を少し減らせばもう少し広く感じるんじゃないかなあ。

それから後は眠る前とほぼ同じ。働いてもいないのに重労働後なんて目じゃないくらいに疲れる。
こうして書き出してみると、トイレだとか眠れないだとか、けっこう自業自得の部分も多いんだよな。集団生活のルールを守るのがどうしても辛いという人には、やっぱり飛行機も辛い。
そして、計画性のない馬鹿者にも同じく辛い。そのどちらも併せ持つ私には著しく辛い。

そんな飛行機だが、どういうわけか嫌いにはなれない。

後に待っている「いつもと違う土地」が(どこであっても)激しく魅力的なのだろう。

1 comment: